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● 初嵐 11  ●

 「お前ら、何で座ってんだよ!」
牧村くんと板河くんがシートの外から、あたしたちに声をかけてくる。
普通に話しかけるというよりは、怒鳴っているというのが正しいかもしれない。
「『県大会の時みたいに何でもやってもらえると思うな、自分たちで動け』、『予選はない』って山内先生も昨日言ってただろ?」
「香取、黒川、園部、今やってる女子の400が終わったら男子1500が始まる。 さっき放送が流れたのが聞こえなかったのか? すぐに準備して行け!」
二人の言葉に黒川くんたちがスパイクの入った袋を持って、あわててトラックに向かう。
残ったあたしたちはぼうぜんとするばかりだ。
「で、男子の1500が終わったら、走幅跳と砲丸投げが始まるから伊狩と川添は……って、あれ?」
伊狩さんと川添さんの姿はすでにそこになかった。
自分たちでちゃんと時間を見て、動いているんだな。
「なぁ、赤垣は?」
牧村くんがあたしに聞いてくる。
「そのへんにいない?」
シートを見回してみるけど、展人の姿はない。
どこに行ったんだろう?
「あたし、女子200の準備してくる」
世良がシートから立ち上がる。
「俺もう一回山内先生のところに行って記録員とか手伝うことないか、聞いてくるわ」
板河くんが世良に続くように立ち上がる。
「あとはそれぞれこれ見て準備しとけよ。 記録会に来たのに『遅れて記録取れませんでした』なんて、他の中学に恥ずかしいぞ」
渡されたのはB5のわら半紙で、そこには大体の競技の時間が書かれていた。
そうだよね。
うちの学校だけの記録会じゃないんだから、ちゃんとしないと。
来年から参加させてもらえなくなったなんてなったら最悪だ。


 どこを見るというのでもなく、ふいっと視線を向けた。
その先には鈴木の姿がある。
あたしはそっと鈴木の向かい側に座る。
「さっきの、ありがとう」
それしか言葉にならなかった。
鈴木は何も言わずに、頭をポンポンと軽く叩いた。
まるで小さい子にするみたいに。


 展人が一人で準備していたとわかったのは、あたしと小泉さんが女子100の準備をしようとしていた時のことだった。
「あ、赤垣先輩」
小泉さんの声に目を向けると、展人がちょうど向かい側からやってきた。
「展人、どこ行ってたの?」
あたしが声をかけると、展人はボソッとつぶやいた。
「準備に決まってるだろ」
その声は泣きそうに聞こえる。
そうか。
この記録会は展人にとって『西山中学』の部員として初めての大会。
記録やみんなの雑用じゃなくて、選手として参加する大会なんだ。
「展人……」
何かを言いたくて、でも、何て言っていいかわからない。
展人はあたしの顔を見て、唇だけで笑った。
「何て顔してんだよ」
そう言ったときの展人はもういつもの顔に戻っていた。
「行ってくる。 ――ここにいる誰よりも、高く跳んでやるよ」


 行ってしまう展人の声にあたしは何も返事ができなかった。
好きだけど、何のために跳ぶのかわからなくなって、苦しめられていると感じて、一度は辞めようとさえ思ったという走高跳。
今、展人は諦めかけたものを自分の手に取り戻そうとしている。
そんな気がした。
 
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