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● 初嵐 12  ●

 時間が来て、スタートライン近くに集合した女子100Mの人数は予想以上だった。
「一列に五人で並んでください」
競技の手伝いなのか、桂木先生が並ぶように指示を出している。
前の方に恵庭冴良の姿を見つけたあたしは、スッとその近くに立つ。
彼女は隣にいる同級生か後輩と話していて、あたしには気づかない。
隣にいる子があたしの顔を知っていたのか、彼女にこちらを向くように指さした。
こっちを見られても困る。
彼女はあたしに気づくと、軽く頭をさげる。
あたしもあわてて頭をさげる。


 なんだか不思議だ。
同い年で陸上競技を選んで、その中でもまた同じ100Mを選ぶ。
そしてお互い……かどうかは未だにわからないけど、ライバルで。
こんな風にお互いを知らなければ、ずっと知らない人のままだった。


 トラックで女子100Mが始まる少し前に、フィールドでは男子走高跳が始まっていた。
うちの中学からは展人と牧村くんが出ている。
展人は西山中学として、ううん、中平市の大会は初めてだけど、去年の中原中陸上部員としての経験がある。
牧村くんはそんな展人に引っぱられるように、県大会からずっと記録は伸びている。
展人はいったいどこまで跳ぶ気なんだろう。


 山内先生に足の重心のことを注意されてから、なるべく足の内側を意識して歩いてる。
でも、走っている時はどうなのか、まだよくわからない。
今から走っている時の効果を確かめることもできるだろうか?
「この列、コースに入ってください」
桂木先生が声をあげて指示したのは、あたしの列だ。
コースに入ってスターティングブロックの位置を確かめる。
軽くダッシュする。
スタート地点に戻る。
「位置について」
スターティングブロックに足をかける。
「用意」
桂木先生とは別の、スタートを指示する人が言った。
あたしたち全員が腰をあげる。
パン、とピストルが鳴る。


 走り出して、数メートルも行かないうちにわかる。
太ももの内側だけじゃない、足の裏全体で地面をとらえている。
蹴り出す足の力が強くなった気がする。
これが足の重心の変化なのだろうか?
そんなことを考えていたら、抜かされてしまったことに気づかなかった。
彼女の隣で話していた、同じ相川中学の子を抜かす。
その子はあたしが抜いた後、追いついてこれない。
恵庭冴良はまだ前にいた。
追いつけるだろうか。
いや、追いつけるかじゃない。
『追いつく』んだ。
そう思ったら、体は自然に前へ向かう。


 「13秒17」
ゴールを駆け抜けたあたしの耳に届いた計測の声。
それは自己ベストではなかった。
けれど、いい記録だ。
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