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● 初嵐 13  ●

 13秒17。
いい記録だと思っている。
でも、恵庭冴良を抜けなかった。
先生のアドバイスを聞かなければ、今までどおり彼女を抜けたのだろうか?
それとも今の走り方で落ち着けば、また勝てるようになるのかな?
新しい走り方は本当に身についていくのか、これからが不安だ。


 走り終えて自分の荷物を取りに、スタート地点に戻る。
歩いていると目の前にあずき色のユニフォームを着た恵庭冴良がいた。
あたしのいる方にツカツカと音が出そうな勢いで歩いてくる。
スパイクはいてるのに、よくそんな勢いで歩けるなぁ。
あたしは感心してしまった。
「藤谷さん!」
いきなり勢いよく自分の名前を呼ばれた、というか叫ばれた。
返事をしていいのか迷う。
あたしが返事をする前に彼女は言った。
「何なの、さっきのは!」
「へ?」
「『へ?』じゃない! さっきの走りは何なの?! まさか記録会だからって手を抜いたんじゃないでしょうね?!」
「そんなことしないわよ!」
言葉の意味がわかって、怒鳴り返す。
『たかが記録会だから』とか『県新人は大事だから』って理由で走りに手を抜けるほどあたしは器用じゃない。
そんな走り方をするくらいなら、あたしは最初から走らない。


 「私は自分が負けるなら、相手はあなたしかいないと思ってる」
恵庭冴良は静かに言った。
あたしは驚くしかなかった。
「だから、うちの神岡にようやく勝つ程度では困るの」
あたしが抜かした相川中学の子は神岡さんというらしい。
「今日の藤谷さんは県大会の時の挑戦者の気持ちがないように見えて、少しがっかりした。 次は県新人で会いましょう、その前に駅伝は出るの?」
「出るよ」
中・長距離だけでチームを組む男子とは違い、女子は他の種目も全部合わせてチームを組むことになった。
「そう、楽しみね。 それじゃまた」
言うだけ言うと、彼女は立ち去った。


 『負けるなら、相手はあなたしかいないと思ってる』
これはあたしをちゃんと認めてくれている、ってことかな?
そうだったら嬉しい。
あたしはずっとライバルだと思ってやってきたけど、彼女も同じように感じているとは思えなかった。
ようやく気持ちが追いついた気がする。
『挑戦者の気持ちがない』
これはショックだ。
いつだって走る時は『戦う』気持ちでいるのに、それが表に出ていないということなのだろうか?
それとも自分が気づかなかっただけで、調子が悪かったのだろうか。


 フィールドでは展人が跳んでいた。
西山中学のユニフォームを着る展人は見慣れなくて、別人みたいだ。
記録のため、こちらに向けられている掲示板には『165』の文字が見える。
今は165cmを跳んでいるところらしい。
牧村くんは自己ベストが150cmだと言っていたけど、まだ跳んでいるのだろうか。
他の競技のみんなはどうなったんだろう。


 荷物を持って行って、スタンドで見よう。
あたしは小走りに駆け出していた。
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