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● 初嵐 14  ●

 スタンドに向かうあたしに声をかけてきた人がいた。
振り返ると、酒井さんと伊狩さんだった。
「藤谷さん、探してたのよ」
「これから男子の400Mリレーの記録取りの手伝いに行くから、荷物置いたら100Mのスタート地点に来てね」
「えぇー?」
せっかく展人が跳ぶのが見られないってこと?
あ、どうせトラックに戻るんだから結局見られるのかな?
でも、まじまじと見つめてたらさすがにまずいよね?
「藤谷さん、今日まだ他の競技の手伝いしてないでしょ?」
「……うん、」
まぁ、そうなんだけど。
「じゃあ、ちゃんとしないと一年生に示しがつかないよ。 たまには後輩に先輩らしいところを見せてもいいんじゃない?」
「そうそう」
酒井さんに注意される。
その横で伊狩さんがうなずいている。
「荷物置いたら、すぐ追いかけるから」
そう言うと、二人は先にトラックに戻っていった。


 酒井さんと伊狩さんを見送って、ふと考えた。
あたし、今、伊狩さんとちゃんと普通に話せていただろうか?
川添さんが黒川くんと智穂を見て、あわてて帰った日。
あたしたちはあれ以来、必要以上の話をしていない。
陸上部の連絡事項とか、今みたいな時だけだ。
きっと、川添さんも伊狩さんも黒川くんのことを話すのであれば、あたしや世良ではなく智穂と直接話すだろう。
あたしたちは同じ陸上部にいる『仲間』だけど『友だち』ではない。
友だちではない人と話すのに、どこまで踏み込んでいいんだろう。


 荷物をシートの自分の場所に置いて、100Mのスタート地点に向かう。
展人はまだ競技が続いているみたいで、掲示板の数字は『170』になっている。
ここからでは少し遠くて見づらい。
走高跳は三回続けて失敗すると次には進めないって展人が教えてくれた。
もう二、三人しかバーの周りに競技をしている人がいない。
その中に青いユニフォームを着ている人影は一つだけしか見えない。
ってことは牧村くんはダメだったのかな?
女子の板橋さんはもう終わったんだっけ?
よくわからないや。


 競技委員の相川中学の先生があたしにストップウォッチを渡す。
「あなたは2コースの南町中学Aチームのタイムを記録してください」
「はい」
南町中学はAチームとBチームがリレーに出ているみたいだ。
三年生は県大会で引退しているから、今いるのは1、2年生だけのはず。
二チーム出場できるくらいの人数がいるんだ。
短距離だけでその人数なのかな?
だとしたらうらやましい。
今回のリレーは第一走者に園部くん、第二走者に板河くん、第三走者に重野くん、第四走者に鈴木と短距離も長距離もごちゃまぜだ。
女子は第一走者に酒井さん、第二走者に小泉さん、第三走者に世良、第四走者にあたしと短距離寄りになっている。



 来年の春、新入生が入部したらあたしたち短距離だけでもチームが組めるようになるだろうか。
なったらいいなぁ。
ううん、『なったらいい』じゃない。
きっとなる。
そう信じよう。

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