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● 初嵐 3  ●

 昨日のことを智穂から全部聞き出した。
校庭での後夜祭を終えて帰ろうと美術部にカバンを取りに世良と二人で昇降口に向かったら、げた箱に黒川くんからの呼び出しの手紙が入ってたらしい。
C組の教室前で待っていた黒川くんは、智穂に告白してきた。
ぽつりぽつりと語る智穂の話をまとめると、こういうことみたい。
「で、智穂はその後何か黒川くんに言ったわけ?」
世良が智穂に聞く。
「『黒川くんのこと、よく知らない』って言ったら、『じゃあ知ってくれ。 ふられるのはそれからでも遅くないだろう?』って言われたの」
まぁ、たぶんあたしが黒川くんだとしても同じことを言うだろうな。
「でも、授業でも部活でも関わらない人なのにどうやって知ればいいの? 元々男の子なんてクラスの子だって赤垣くんや佐々田くん、それに鈴木くんぐらいしか話したことないのに」
「C組とは体育も一緒じゃないしねぇ」
「陸上部の練習見てるだけでわかるかな?」
「たぶん無理だと思う」
「こういうのっていつちゃんと返事すべきなの?」
「え、智穂、断ったんじゃないの?」
「『知らない』とは言ったけど、これって断ったうちなの? 一応『返事は卒業まで待つ』って言われたんだけど」
「卒業? 黒川くん、気が長いなぁー」
世良と智穂がああだこうだと言い合っている。
あたしに相談しに来たんじゃなかったっけ?


 「いっそのこと『嫌い』って言っちゃえば?」
あたしは言葉にしていた。
こっちが嫌いなら、あっちも無理には寄って来ないだろうって思うのは甘いかな?
「それは無理でしょ。 『知らない』って一回言っちゃってるのに『嫌い』っていまさら言っても嘘だってすぐわかるよ」
世良が答えた。
それもそうか。
「それよりも瞳、確か前に先輩に告白されたとか言ってなかった? そのときはどうしたの?」
智穂があたしに聞き返す。
確かあの時は……。
「あの時ねぇ……。 智穂が黒川くんに言われたみたいに『知らない』って言ったら『じゃあこれから知って』って言われて右手をつかまれたの」
世良と智穂はうんうん、とうなずきながらあたしの話に聞き入っている。
「つかまれた瞬間に鳥肌が立ったのがわかったのね。 で、『離してください』って言ったら『いやだ』って言われたの。 ――足も腕も固まったみたいに全然動けなくて、怖くて、近寄ってほしくなくて、叫んでた」
「何て?」
「嫌だ、か、いや、かどっちかだった。 そしたらあたしの叫び声を聞いて展人と鈴木が来てくれたの」
「それで?」
「先輩の顔には殴られたみたいな跡があった。 あたしは泣いちゃったけど、『好きって相手の嫌がることをすることじゃない』みたいに先輩に言ったらわかってくれた…と思う、たぶん。 それ以来、こっちには何にも言ってこないよ。 先輩の顔の跡は展人に聞いたら『鈴木が殴った』って言ってた」


 「うーん、人の心って難しいねぇ。 あたしのこと、見てるだけで好きになれるんだもん。 あたしの何を知ってる、って思うわよ」
急に智穂が言った。
「自分が好きになる人だけ、相手も好きになってくれるっていうんじゃないもんね」
世良が言うと、あたしの方を向いた。
「だから、瞳と鈴木はすごい確率でお互いを好きになったってことなんだよ」
そういうものかな?
確かに鈴木に出会わないあたし、は想像できない。
「瞳、鈴木くんのこと大事にしなよ」
「そうだよ。 鈴木も瞳のこと大事にしてるんだから」
二人の言葉に胸が締めつけられる。
じゃあ、何であたしの話を聞かないでキスしたの?
『知実の好きな人、横から奪うなんてサイテー』
梁瀬さんの友だちの言葉がいつまでも耳から離れないの?


 あたしは鈴木を好きになってから、だんだんと弱くなってしまった。
いろんな物が怖くなっていく。
男勝りで何ものも恐れない、以前のあたしはいったいどこに行ってしまったんだろう。
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