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● 初嵐 5  ●

 クラスで出席を取って、みんな思い思いの場所に移動する。
あたしと世良は陸上部が使った2年E組のプレハブ教室に向かう。
智穂は一階の美術室に行くから、途中まで一緒だ。
「ねぇ、そういえばあの絵どうするの?」
世良が智穂に話しかける。
和紗と智穂が二人で描いた、あの絵。
そういえばどっちが持って帰るのか、あたしは知らない。
「もし先生と和紗ちゃんがいいって言えば、美術室にそのまま展示してもらおうと思ってるの」
そうなんだ。
それなら文化祭の時に美術部の展示を見なかった人にも見てもらえるよね。


 「B組、おそーい」
あたしたちがE組の教室の扉を開けたら、伊狩さんが言った。
「遅くないよー。 出席取ってすぐ来たもん」
「まだ来てないの、二人だけだったからね」
伊狩さんの言葉を拾うように、川添さんが言う。
「B組はあたしたちだけじゃないよーだ」
「赤垣くんも鈴木くんももう来てるよ」
「えっ?」
男子の方を見ると、鈴木と展人の顔が見えた。
教室を出たのは同じぐらいのはずなのに。
きっと廊下を走ってきたんだな。
ふと、こちらを見ている黒川くんと目が合った。
あたしが反応したとわかると、黒川くんは大げさなくらいに目をそらした。
黒川くん、智穂が自分のことを話したかどうかきっと気になってるんだろうな。
どうも友だちの恋愛ごとというか、そういうのを間近で見るのは恥ずかしい。
あたしも世良とか智穂から見たらそう思われているんだろうか。
展人や佐々田は男子だし、鈴木の側から見るとまた違うのかもしれない。


 余った小物たちを持って帰れるように自分たちで引き取ったり、模造紙を貼ったついたてを美術室に返したりしていたら、あっという間にお昼になった。
部室でお弁当を食べながら、誰ともなく話し始める。
「そういえばお金の集計、どうなったの?」
「おとといの帰りに山内先生に金庫ごと預けたままだ」
「写真はあれ全部山内先生に返却するの?」
「うん、赤垣の分は本人に返すよ」
「別にいらねぇよ。 一緒に山内先生に渡しとけ」
「そういうわけにもいかねぇだろ。 ほらお前の分」
展人と板河くんのやり取りを見ながら、みんなで笑う。
「鈴木、これやる」
板河くんが鈴木に薄い封筒を手渡した。
「赤垣の写真ならいらねぇよ」
「何で俺がお前に赤垣の写真を渡すんだよ。 ほら」
板河くんは鈴木の手に封筒を押しつけて自分の席に戻る。
「何なんだ、あいつは」
ぶつくさ言いながら鈴木は中身を出そうとして、一瞬、手が止まる。
どうしたんだろう?
「鈴木、どうしたの?」
近くにいた世良が鈴木の手元をのぞきこむ。
「な、何でもない」
鈴木はすぐに封筒をブレザーの内ポケットにしまった。


 「瞳、ほら」
「え、何?」
「手、出せよ」
言われるままに手を差し出した。
展人があたしに渡してきたものは、売りに出したはずの小物入れだった。
「売れ残ったみたいだな」
作りが凝りすぎているし、中学生っぽくないからかな?
確かにあたしだったら、これを中学校の文化祭で買おうという気にはならないかも。
「いいの?」
「いいんだ。 持って帰るの面倒だし」
こんな小さい、手のひらに乗るような物のどこが『面倒』なんだろう。
それにその『持って帰るのが面倒な家』に同居しているのは他でもないあんたでしょうが。
本当にもらっちゃっていいのかな?
「ありがとう」
中を開けると赤い生地が貼ってあって、ちょっと値段のいいオルゴールみたいだ。
何を入れようかな?


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