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● 初嵐 6  ●

 文化祭や代休が終わって3日も過ぎればもうその気配はなくなって、学校の空気は普段どおりの授業や部活動になっていた。
他の運動部が中平市の新人大会に向かうように、あたしたち陸上部もまた、相川・南町との三校合同記録会に向かう。
そのために練習内容を山内先生と見直したりしている。
それにしても相川と南町は学校同士の縁があまりなさそうな気がするのに、合同で記録会をしていることが意外だ。
そんなことを部室で言ってみたら、香取くんが答えた。
「昔は相川と南町で一つの学校だったんだよ。 あまりに学区が広くなりすぎたから、相川が独立したんだって」
それなら何となくだけど納得はいく。
「何で知ってるの?」
「うちの父親と叔父さんが南町中学卒業なんだよ。 今は相川中の学区になってるところだけどな」
そうなんだ。
それにしてもそんな歴史のあるところにまったく新しいあたしたちが入っていっていいものなんだろうか?
学校の歴史が新しいとか古いとかで部活がどうなるってわけでもないだろうけど、不安は感じる。
それが初めてのことに対しての恐れなのか、それとも別の何かなのかあたしはわからない。


 「県新人には関係ないとはいっても、やっぱり記録があがってたらいいよな」
帰り道、隣にいる鈴木が言う。
あたしはうなずいた。
県新人までどういった練習をしていけばいいのか、初出場のあたしたちにはまったくわからない。
どんな風に戦えばいいのか、は、夏の県大会でわかったつもりだ。
今回の合同記録会が県新人に向かう目安になるんじゃないだろうか?


 そういえば、合同記録会の日って智穂はまた県大会の時みたいに見に来てくれるかな?
そう考えてふと、黒川くんのことが頭をよぎる。
智穂を来させない方がいいんだろうか?
でも、そんなことをあたしが口出しできない。
もし智穂が『見に行きたい』と言ったら、止められないだろう。
いくら幼なじみでもあたしに止める権利はない。
佐々田はどうだろう。
中平市の新人大会はみんな同じ日にやるみたいだけど、合同記録会と同じ日かどうか確認してない。
明日にでも聞いてみないと。


 「藤谷、どうかしたか? 何だか顔が暗いぞ」
鈴木にそう言われて、あたしは顔をあげた。
いつの間にか下を向きながら歩いていたみたいだ。
「何でもないよ」
『智穂と黒川くんのことを考えていた』とは言えなかった。
黒川くんが智穂に告白したのを、おそらく鈴木は知らない。
「本当に、何でもないんだな?」
「うん」
いくら智穂と鈴木も友だちでも、鈴木が知らないことをわざわざあたしの口から広めることはない。
あたしと鈴木が彼氏彼女でも、今はそれが一番いいと思った。
鈴木があたしの右手をつかんだ。
「つめてぇっ! 何だよ、ずいぶん手が冷たいな」
「そう?」
あたしは自分の手が冷たいことなんて全然気づいていなかった。

 
 手を包む暖かさが、あたしに隣を歩く鈴木の存在を強く伝えている。
あたしとは違う、『男の子』の手。
あたしは鈴木に聞きたかったことがたくさんあった。
『何で文化祭の日にキスしたのか』とか『板河くんからもらった封筒の中身は何だったのか』とか『梁瀬さんの想いを知っているのか』とか。
そのはずなのに、何一つ言葉にできないまま手をつないで歩いていた。



 
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