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● 初嵐 7  ●

 「13秒24」
ゴールでストップウォッチを見つめる山内先生が言う。
100メートルを走り終えて、あたしの足はそのまま先生の前を駆け抜けた。
その前は13秒20、13秒19とどれもだいたい同じような記録だ。
「何だ、藤谷。 調子悪いのか?」
先生に言われても、あたしは返事をしないで軽く笑って逃げた。
記録が伸びない。
自己ベストは13秒15。
今日の二本目の13秒19はだいぶ近くなってきたけど、一本目や三本目との違いがわからない。
合同記録会も県新人大会も陸上部の場合、予選があるわけではないから記録が悪いから出られないなんてことはない。
それでも『県大会の時から変わってない』とは思わせたくない。
待っているはずのライバル・恵庭冴良に。
「藤谷、ちょっと背すじ伸ばして歩いてみろ。 小泉も」
同じ短距離の、近くにいた一年生の小泉さんを呼んでから、先生は100メートルラインの真ん中あたりを指さした。
「二人であそこまで歩いたら、こっちに向かって戻って来い」
「はい」
「はい!」
元気よく返事をして、二人で歩き出す。
特に腕を振ろうと意識したわけでもないのに、すごく自然に腕を振っている。


 先生のいるところに戻る。
「歩き方見てると、藤谷は足の重心が外側になってるな。 今のままだと足の内側の筋力が弱くなる。 普段は何ともないかもしれないが、走ってて体が左右にぶれたり転びそうにならないか?」
あたしは首を左右に振る。
そんなの全然気づかなかった。
……もしかして、五月の中平市陸上大会決勝で転びそうになったのはそのせいだったんだろうか?
「歩いている時も意識して足の下ろし方を変えるようにしないと、将来足首やひざを悪くするかもしれない。 ちょっと足の内側に力を入れてみろ」
先生に言われたとおりにすると、何だかちょっと内股っぽくなる。
「それで歩いてみろ」
二、三歩歩くと、何ていうか太ももの裏の筋肉を強く意識する。
普段はあまり考えないけど、『確かにここにあるなぁ』って感じ。
「藤谷はそれを意識して生活すると、だんだん直っていくぞ」
「はい」
「小泉は肩に力が入りすぎだ。 肩も足のくせと一緒で意識して直せるから、普段から『肩の力を抜く』練習をするといい」
「はい」
「どうしてもひじが上がるから、ひじも意識して下げるように。 二人だけじゃなく全員に明日までに直す要点とそのためにやることを紙にまとめておくから放課後、部活に行く前に取りに来なさい」
「はい」


 山内先生があんなに専門的に話すのを初めて聞いたかも。
やっぱり体育の先生だし、陸上部の顧問なんだなぁ。
体育の先生って足のこととかひざの事とか、体全体のことをわかってないといけないのかな?
先生は幅跳びを専門にしてるから、走る方はわからないこともあるはず。
そういうのも勉強してあたしたちに教えてくれてるんだ。
科目に限らず、先生たちって実はすごいのかも。


 部活が終わって、みんなで外の水のみ場に移動を始める。
風は涼しくなってきても汗をかいた体は熱いし、顔は砂ぼこりでベトベトだ。
歩いていると、帰りじたくを整えた智穂がこっちに向かって来る。
近づこうとした瞬間、別方向から智穂に近寄った人がいる。
――黒川くん。
今まで黒川くんは部活やクラスが違うこともあってか、智穂に積極的に近寄ろうとはしていなかった。
告白したことも忘れたみたいに。
でも、今目の前にはちょっと迷惑そうな智穂と、話ができるのが嬉しくてしかたないような黒川くんの姿がある。
これはどう見たらいいんだろう?
会話は少し遠くて聞こえないせいか、パッと見ると仲がよさそうにも見える。
あたしがぼーっと目の前の光景を眺めていると、ふっと視界の端に動くものが見えた。
川添さんだった。
川添さんは急に後ろを向くと、部室の方へ走っていった。
顔も洗わないで行っちゃったけど、そんなに急いでいたのかな?
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