彼女 4

モドル | ススム | モクジ
 「わたし、そんなことしてくれって頼んでない!」
朝子が叫んだ。
確かに朝子に頼まれたわけじゃない。
私自身があの二人を許せないと思った。
「そんなことしたって、もう二人は戻ってこない。 それに二人のこと責めるのは違うよ」
「どうしてそんなにかばうの? あの二人は朝子を剣道部に置いてけぼりにしたのに」
「彩、それは違う。 わたしは自分の意志で剣道部に残ったんだよ。 わたしだって辞めようと思えばいくらでも辞めることができたのにそうしなかった。 剣道が好きなのもあるけど、先輩たちはわたしにだけ優しかった。意味、わかる?」
『わたしにだけ』と朝子は言った。
ということは、二人には優しくない先輩たちだったのか。 

       

「それでも私は二人に朝子に謝ってほしいと思ってる」
朝子に言うと、朝子は下を向いて首を横に振る。
「謝らなきゃいけないのは、こっちなの」
「え?」
「わたしは二人が先輩たちに「生意気だ」とか陰でいろいろ言われてるの知ってたのに、あの日、二人が辞めていくまで何もしなかった」
「でも、それは……」
私はそれは仕方ないことのように思えた。
先輩に目をつけられたり逆らったりすれば、中学では生きていけない。
中学校に入学して一年、男子も女子もみんなそれを学んでいた。
もし私が朝子と同じ立場だったとしても、何もできないだろう。
例外があるとすれば『何々先輩の妹』や『誰々先輩の弟』ということぐらいだが、藤谷さんには通じていなかったのだろうか。
むしろ『生徒会長の妹』として余計に目をつけられたのかもしれない。
「二人が新しい部活に入ってから一度、部活中の様子を見たことがあるの。 二人ともみんなと一緒になって声立てて笑ってた。 すごくショックだった。 わたしは二人と一緒に部活やってたけど笑ってる顔なんて見たことなかった、むしろ怖い顔ばっかりだった」
「それは……」
まじめに練習する。
勝負ごとや武道の世界とはそんなものではないのだろうか?
「たとえば、ミーティングや部室で誰かがちょっと面白いことを言ったとしても、よ? 美術部では考えられる?」
私には考えられなかった。
美術部では笑い声も日常の光景だった。
先輩たちはとてもあたたかく私たち後輩を受け入れてくれた。
そう思うと、昨年の剣道部の雰囲気がとてもさみしいものに感じられた。



 「先輩たちはもしかしたら二人のことを最初から好きじゃなかったのかもしれない。 わたしが知らなかっただけで。
でも、もういいの。二人は陸上部という場所を見つけたんだから。
わたしはわたしにできることをする。 あの二人みたいに辞めていく人をもう二度と見たくない。だから、剣道部に残って少しでも今の状態を変えたいの」
私にそう言った朝子の顔は誰よりもりりしくて、きれいだった。




 親友の決意を、あの二人のさみしさをなぜもっと早く知ることができなかったのだろう。
知っていたら、あの二人をもっと違う風に見られただろうか。
こんな、邪魔するようなことができただろうか。
藤谷さんも河内さんも強くて、強すぎて弱い人のことなんて何も知らないって思ってた。
違っていた。
二人とも強くありたいと願って、耐えて、それでもだめだったんじゃないか。
朝子は二人のそんなところも理解しようとしている。
今ならそんな風に思える。



 嫌いだ、憎いと感じた相手なのに、今は二人をそれほど思っていない。
さっきまで感じていた心の真っ黒な部分が少しやわらいだみたいだ。
ただ、全部消えてはいない。
私は目の前に立つ親友を見上げる。
私に笑いかける彼女のことを全然わかっていなかったと思い知らされた。
あの二人のことも知っているふりをして自分勝手に決めつけていた。
もし藤谷さんたちときちんと向き合って決着をつけたなら、心の真っ黒な部分をすべて消すことができるかもしれない。
私はそう感じていた。

       






                                              
彼女(4)・終

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