モドル | ススム | モクジ

● カルナバル 12  ●

 あたしたちは美術室を出た後、委員会の展示をいくつか冷やかしながら陸上部の展示がある2年E組に向かった。
「あれ?」
受付というか小物を並べた机の前には香取くんと重野くんじゃなくて、酒井さんと川村さんが座っていた。
「もう交代したの?」
「だってもう11時半だよ」
いろいろ見ているうちにあたしたちは時間を忘れてしまっていたらしい。
「どう?」
「みんな『何があるんだろう?』って感じで見て行ってくれてるよ。 あ、あの熊売れたよ」
木彫りの熊のことだろか。
大きいのと小さいの、どちらが売れたんだろう?
小さい方には50円、大きい方は100円の値段をつけていた。
「どっちが?」
「それが両方とも!!」
酒井さんは笑いたいのをごまかすように、大きな声で言う。
「そうなんだぁ! すごいねぇ」
一番売れ残ると思っていた熊が売れてあたしは嬉しくなった。


 制服のワイシャツの袖がひっぱられた。
振り返ると智穂がくちびるに人差し指をあてている。
「展示見てる人、いるから」
周りを見ると確かにあたしたちと同い年ぐらいの女の子と女の人が展示を見ていた。
確かに教室の出入口で騒いでいるのはよくないかも。


 急に世良が叫んだ。
「さく姉?!」
え?
世良が叫んだ方向を見ると女の人が目を丸くしていた。
「世良」
その人はショートカットと言うには少し長い髪を揺らして、世良に近づいてくる。
「さく姉、何でここにいるんですか?」
世良の声が何だかおびえているように聞こえるのはたぶんあたしの気のせいだろう。
でもその人は世良の声の変化に気づいていないみたいだ。
「だって冴良さえらが『世良が文化祭で陸上部を表現する』なんて言うんだもの。 見てみたくなって当然じゃない?」
「当然じゃないです」
あたしたちは完全に二人の会話に置いて行かれていた。
それに『冴良』とライバルの名前が出てきたことに驚く。
いったい、この人は誰なんだろう?
桜子さくらこお姉ちゃん、世良をいじるのはそのくらいにしてあげて」
二人に声をかけたのは、恵庭冴良その人だった。
お姉ちゃん?!
「はいはい」
お姉ちゃんと呼ばれたその人は、ひらひらと右手を動かした。
「姉がうるさくしてごめんなさい。 あの人、世良をああやっていじるが趣味だから」
恵庭冴良があたしに向かって頭を下げた。
「いや、あたしたちの方がうるさかったと思います。 こちらこそごめんなさい」
せっかく展示を見てくれていたのに。
「あの頃にはもう充分見終わっていたから、うるさくなかったです」
よかった。
ちゃんと見てもらえたんだ。


 「藤谷さん」
恵庭冴良があたしの名前を呼んだ。
「何ですか?」
「高校行っても陸上を続けますか?」
あたしは何を言われたのか、何と答えていいのかわからなかった。
一年半後に確実に来る未来をあたしはまだ思い描けていなかった。
『陸上を続けたい』
『強くなりたい』
その思いだけでどこまで突き進んでいけるだろうか。
「……続けると思います」
「よかった」
恵庭冴良はあたしの答えに満足したみたいだ。
あいまいな答えでよかったんだろうか?


 
 「姉たちを待たせていますので、失礼します」
恵庭冴良は教室の出入口を見ながら、そう言った。
『姉たち』ってことはさっきのお姉さん以外にもきょうだいがいて、今日来てるってこと?
いったい何人きょうだいなんだろう?
あとで世良に聞いてみよう。
「待って、これ」
あたしがスカートのポケットから取り出したのは、佐々田がいる男子テニス部のたこ焼きの食券だった。
「よかったらお姉さんたちと食べてください」
恵庭冴良はさっきのお姉さんと同じように目を丸くして、あたしを見ている。
あたし、何か変なこと言った?
「ありがとう」
恵庭冴良は食券を受け取ってくれた。


その言葉から敬語が消えていたと気づくのは、恵庭冴良の姿が見えなくなってからのことだった。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 Ai Sunahara All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-