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● カルナバル 5  ●

 9月になった。
衣替えはまだ先だけど、夕方が冷えるようになってきたから長袖を着ている子もちらほら増えてきた。
陸上部ではいつもの練習の他に、文化祭の準備も始まる。
小物は余るくらいいろんなものが集まった。
「五十鈴屋に行ってくる」
イヤリングみたいな片方なくなっちゃいそうなものは小さい袋に包んで売ることにしたから、買い出しに行こうと立ち上がる。
「あたしも行く」
世良が立ち上がった瞬間、あちこちから声が飛ぶ。
「じゃあ、ついでにコーラ買ってきてくれ」
「俺はポカリでいいや」
「模造紙、何色でもいいからあと三枚買ってきてくれる?」
……あたし、そんなにお金持ってない。
どうしようか迷っていると、酒井さんから封筒を渡される。
「山内先生が『文化祭に必要なものはこれで買ってくれ』って」
そっか。
まだ部費出てないもんね。
「わかった」
飲み物のお金は部費から出すわけにはいかないので、みんなからそれぞれ好みを聞いて回収した。


 昇降口前の廊下で鈴木とすれ違う。
「あれ、お前らどこか行くのか?」
「うん。足りないもの買いに五十鈴屋まで行ってくる」
「じゃあ、俺も頼んでいいかな?」
「何?」
「あのさ、」
世良が声を出した。
「世良、どうかした?」
「どうせ昇降口がすぐそこなんだから、鈴木も一緒に行けばいいんじゃないの?」
「あ」
それもそうか。
鈴木の方を見ると、とてもやわらかい顔で笑った。
「一緒に行くよ」


 五十鈴屋に着いて、小さい袋と値段を書くための小さいカードを選ぶ。
「どっちがいいかな?」
あたしが手にした袋を世良に見せる。
「あたしはこっちがいいな」
世良はピンクと紫の小花模様が10枚ずつ入った方を指さした。
「俺はこっちがいい」
鈴木はもう片方のうっすらと緑がかった、模様なしのものを指さした。
どうしよう。
あたしも世良が言うほうがかわいいと思うんだけど……。
「絶対に女が買うなら河内の言う方だろうけど、男が買う可能性もあるだろ? それだと買いたくっても『女子っぽくて手が出せない』ってこともあると思うぞ」
鈴木が言う。
そうだ。
何となく女の子しか買う人を想像してなかったけど、確かに男の人が買うってことも考えないといけない。
「そしたら、両方買って男子向きと女子向きで包みを分けちゃうっていうのはどうかな?」
あたしが提案する。
「予算は大丈夫なのか?」
鈴木が問いかける。
「一応、思っていたよりは安いから大丈夫だと思うけど」
「なら、そうしよう」
世良がうなずく。
模造紙は一枚ずつ色を変えて三枚、飲み物は各自に頼まれたとおりに買えた。

 
 会計を済ませてお店の外に出ると、模造紙を持った鈴木しかいなかった。
「世良は?」
「先に行ってるって、飲み物持って行っちまった」
それって一緒に来た意味がないような気がするんですけど。
だいたい、飲み物の方が重いはずだし。
「そういえば鈴木は何を出したの?」
「それは内緒」
「何で?」
「最初から誰が何を出したのかわかったら面白くないだろ」
教えてくれてもいいのに。
当日こっそり買おうと思ってたのにな。
「でも、熊持って来た人わかっちゃってるよ」
「熊はいいんだよ。 あれはただ単にウケ狙いだろ」
「え?」
「黒川も香取も他にちゃんと持ってきてるよ。 何かは聞いてないけどな」
そうなの?
『ウケ狙い』って、よくわかんない。


 「藤谷」
鈴木が戻る道の途中で言う。
「もしプロミスリング作る気なら、俺に作った組み合わせの色はやめてくれよ」
「え……」
それってどういうこと?
あたしはなんて答えていいのかわからず、返事が出来ない。
今のところ、小物が間に合っているから作る予定はないんだけど。
急に右手をつかまれる。
顔をあげると、鈴木がこちらを見ている。
「頼む」
鈴木の視線の奥に真面目なものを読み取る。
「……うん」
あたしは鈴木の目を見たまま、答えていた。
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