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● 誰のために、何のために 2  ●

 鈴木はあたしの写真を生徒手帳に入れているらしい。
ついこの間、展人がばらしたこと。
嬉しいんだけど、何かピンとこない。

 「鈴木、生徒手帳見せてよ」
水曜日の帰り道、二人で歩きながらあたしは言った。
「何でだよ」
突然言われたことに驚いたのか、鈴木はぶっきらぼうに返してくる。
「だって……いいから、見せてよ」
変な顔の写真、持ち歩かれていたら嫌だ。
鈴木は黙って制服の胸ポケットの中から、薄い水色の生徒手帳を出してあたしに押しつける。
裏表紙のところに、あたしの写真がはさんである。
あたしは、急に顔が熱くなるのを感じる。
自分しか大事にしないような写真を、誰かが大事にしてくれている。
しかもそれが好きな人で、つきあう前から持っていたとなったら、照れてしまう。


 あれ?
なんかこの写真、見覚えがあるような?
こちらを見ているあたしをとらえたその写真にひっかかるものを感じる。
「もういいだろ。返せよ」
鈴木があたしの手から生徒手帳を持っていこうとする。
「ちょっと待って、この写真、文化祭の時のでしょ? 何で鈴木が持ってるの?」
文化祭の時に展示からはがされていた、あの写真だ。
どうりで見覚えがあるはずだ。
「文化祭の後で板河がくれたから、前の写真と入れ替えたんだよ」
「板河くんが?」
そういえば板河くんが文化祭の片付けの日に鈴木に封筒か何かを押しつけていたっけ。
あの中身が写真だったってこと?
板河くんも何で鈴木に渡すのよ?
あたしの写真なんだから、あたしに返してくれればよかったのに。
生徒手帳を返すと、鈴木はそれをまた大事そうに胸ポケットにしまった。


 あんなに大事にしてくれているなら、写真一枚くらい自分からあげればよかったかな。
ちょっとだけ後悔した。


 二人で手をつないで歩く。
今日は鈴木が少し前を歩いてる。
まだ彼氏と彼女になってから二ヶ月もたってない。
それなのに、もうずっと前から知ってるみたいにこんな風に歩いている。
友だちや同級生にも彼氏がいる子はいないから、自分たちが彼氏彼女としてどうなのか、さっぱりわからない。
そういえばキスしたんだっけ。
さっきの写真のせいで思い出してしまった。


 「あのさ」
「何だよ」
「何であの時、文化祭の最後の時……キス、したの」
急に鈴木が後ろを振り返る。
「藤谷、それ、今聞くこと?」
「うん」
あの日からずっと聞きたくて、でも、聞けなかった。
県大会の日、あたしは鈴木に「好き」って言った。
でも、鈴木は「彼氏と彼女になる」とは言ったけど、「好き」だって言ってくれなかった。
「もしかして、俺が文化祭の雰囲気に流されてやったとか思ってるのか?」
あたしはうなずいた。
だって、急すぎてあたしの頭は混乱していたし、鈴木もたぶんそんな感じだと思っていた。
あの日、帰りにはすっかり落ち着いているみたいだったし。
「あのな、俺は好きな子としか……しないよ」
あたしは下げていた頭をあげる。
そこにはいつものように、あたしの好きな、照れたような笑顔がある。
「藤谷が俺の『好きな人』で『彼女』だから」
鈴木の声があたしの頭の隅にまで届いていく。
 

 言葉にしてみないと、わからないことがある。
『好きな人』で『彼女』。
鈴木の言葉は泣きそうなくらい、もったいなくて。
とても大事なもの。
あたしも鈴木が好きで、彼氏で、大事にしたい。
今よりも、もっともっと笑っていてほしい。
いつだって幸せでいてほしい。
そのためにあたしは何ができるんだろうか。
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