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● 誰のために、何のために 4  ●

 次の日の部活に小泉さんはいなかった。
先生と話したのか。
それとも勝手に休んだのかは知らない。
いつも小泉さんがいるはずの場所がぽっかりあいている。


 昨日になってあたしに話したのは、自分が部活を辞めることで迷惑になるかもしれないという小泉さんなりの考えだった。
だけど、そこまで追い詰められる前に本当にあたしに話せることは何もなかったのか。
あたしでなくてもいい。
女子でも男子でもいい。
誰か他の二年生に話そうとは思わなかったのだろうか?
一緒にいるからって自分の全部を話せるわけじゃない。
それはあたしもよく知っている感情。
先輩後輩という差があれば、当然かもしれない。
小泉さんにとってあたしは頼りない、何も相談できない先輩だったのだろうか?


 剣道部を辞めてしまった一年前の自分と小泉さんを重ねあわせる。
あたしは剣道部の先輩たちに何かを相談できるような関係ではなかった。
言うことを聞いても「違う」と否定され、聞かなきゃ聞かないで「生意気」と言われた。
「じゃあ、どっちにしろって言うの!」と思った。
何をどうしても『あたし』が認められることはなかった。
そして、耐えられなくなって部活を辞めたんだ。


 着替えて先に出た世良を追いかけようと思って部室を出ると、ちょうど部室の前にやってきた山内先生に呼び止められる。
「あ、藤谷」
「何ですか?」
「小泉と今朝話をして、来年の3月まで休部させることにした」
休部。
退部じゃないんだ。
「そうなんですね」
「休んでいる間に考えが変わるかもしれないし、入部して5ヶ月ではまだ辞めさせるには早い。 まぁ、来年の4月には新入生が入部するだろうし、新入生に示しがつかないのは陸上部の顧問として非常にまずいわけだ」
理由としてはわからなくもない。
新入部員にしてみれば、名前だけで実際に活動していない先輩がいるのはいい気はしないだろうな。
あたしが新入部員なら嫌になる。
それに自分が先輩の立場になれば、また見えてくることもきっとある。
でも、何であたしに?
「どうしてあたしに教えてくれたんですか」
「小泉が『藤谷先輩に伝えてくれ』って言っていたんだ。 『昨日先輩に『辞めるかもしれない』なんて言ってしまって、迷惑をかけた』って心配していた」
小泉さんは自分のことでせいいっぱいのはずなのに、あたしのことも心配してくれている。


 「『待ってる』って小泉さんに伝えてください」
あたしは言った。
辞めようとしている人に言うのは、重荷なのかもしれない。
ひどいことを言っているのかもしれない。
それでもあたしは伝えたい。
ここにあなたの場所はあるのだ、と。
いつでも戻ってきて、走っていいんだって。
誰かや何かのためじゃなく、自分のために、走りたいという気持ちだけ持って走ることはできるから。
あたしがそうしているように。


 山内先生があたしの頭に手を置いた。
「俺じゃなく小泉に目の前で言ってやれ」
気持ちのこもった言葉はちゃんと届く、と先生がつぶやく。
あたしはうなずいた。 
 

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