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● 誰のために、何のために 5  ●

 小泉さんが休部することは山内先生や桂木先生からみんなにも伝えられた。
入部してずっと一緒にがんばってきた一年生は余計にショックが大きかったみたいだ。
まじめに部活を休むことなく続けていただけに、「まさか」という思いが陸上部内に広がる。
小泉さんは駅伝のメンバーに入っていなかったので、メンバーに変更がない。
変な話だけど、今はそれが救いのような気持ちだ。
こういうのは短距離の人間だから、いなくても何も変わらないとかいう問題じゃないと思う。
「もし辞めるなら二年の誰かだと思ってたけど、小泉かぁ」
部活の帰り道、展人がつぶやいた。
あたしは展人の言葉に引っかかるものを感じた。
「『もし辞めるなら二年の誰か』ってどういうこと?」
あたしは来年の引退する日までずっと、今の人数でいられると思っていた。
今の二年生だけじゃなく、一年生も入れて全員でだ。
でも、展人はそう思っていないんだ。
それに小泉さんは『休部』であって『退部』じゃない。
まだ正式に辞めるとは決まっていない。
「二年は全員一度他の部活を辞めてから陸上部に入ってるだろ? 慣れてると言ったら変だけど、もし仮に辞めるやつがいるなら二年かな、と俺は勝手に思ってた」
「それはないだろ」
「ないない」
「ないわね」
「ないよ」
一緒に歩く鈴木と佐々田、智穂と世良がそれぞれ否定する。
あたしも辞めることに『慣れる』って、おかしいような気がする。
何かを辞めることに慣れちゃいけないんじゃないだろうか。
「何でだよ」
「二年は辞めたらもうどこの部にも入れないってわかってるから、絶対に辞めないだろ」
「今からじゃ辞めてもどこの部も入りづらいよね」
「どこも学年同士の結束が固くなってるからなー」
「あたしも最初、『転校生だからしかたない』って自分に言い聞かせたけど、美術部入るの怖かったし、入りづらいと思ったよ」
西山中学では部活動入部は絶対だ。
二年生になると、一年生の時より顔が広くなるというか知ってる人が多くなる。
それは部活でも同じだと考えるなら、一年生の方が辞めてもやり直しがきくのかもしれない。
そうだ。
部活動をコロコロ変わったりしていると、受験の時に印象悪くなるのかな?  


 「小泉さんも気持ちの整理がつけば、きっと戻ってくるよ」
世良があたしの肩を軽くたたきながら言った。
小泉さんは200Mもやっていたから、世良も先生たちから話を聞くまではやっぱりあたしと同じく「何も気づけなかった」と落ち込んでいた。
「走ることが好きなら、そんな簡単に捨てられるはずがないんだ」
「ああ、そうだな」
鈴木の言葉に、去年の今ごろ中原中で同じ状態を乗り越えた展人が力強くうなずいた。
初めて『西山中学』の名前の入ったユニフォームを受け取った瞬間も、スタートラインに立つ緊張感も、ほほをぬける風の感覚も、応援の声が全部聞こえなくなるほど前に向かう気持ちも、伸びていく記録も。
全部捨てられない。
きっとそれは小泉さんも同じだと信じたい。


 あと三日。
あたしたち陸上部は一人欠けたまま、初めての駅伝大会を迎えようとしている。


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