取引の条件を聞いた世良が、目を丸くする。
「瞳! なんてこと言うの!」
予想通り、世良が怒鳴る。
「ごめん、あとで詳しく説明しようと思ってたんだ」
「そういうことは先に相談してよ!!」
何を言っても、今は怒鳴り返されそうだ。
ともかく、委員長との決着が先だ。
「で、委員長。返事は?」
「何であなたはいつもそんなに自信満々なのかしら。 1年生の時から、ずっと」
委員長が、ふ、と口の端っこだけで笑みを作る。
「自信満々な人間がこんな危なっかしい賭けをすると思う?」
「わからないわよ? 作戦のひとつかもしれないじゃないの」
「それで、返事はどうなの?」
「……わかったわ。その条件で行きましょう。 七尾先生、みんな、聞いたわよね?」
七尾先生がうなずいた。
みんなもうなずいた。
「藤谷さん。 確認だけど、負けた時の髪は二人が切るの?」
「あたしだけよ。 これだけの長さがあれば、一人分で足りると思うけれど? 世良には今の今まで話していなかったんだから無理でしょう」
「それにあなたが叩きのめしたいのは、このあたしでしょう?」
委員長の視線が動く。
明らかに動揺している。
「何? どういうこと?」
世良が聞き返す。
「友だちの恨み晴らしってところよ。――
若生朝子のね」
あたしたちが去年までいた剣道部。
辞めたあたしたちと、ひとり残った若生さん。
「若生さんを剣道部に残したことをあたしたち――主にあたしね――のせいにして、勝手に恨んでいるのよ、この人は」
「……あなたたちが辞めなかったら、朝子は一人になることはなかった。 彼女がかわいそうだわ」
クラス行事を私用とごっちゃにしているということは、彼女に相談していないんだろうな。
こういう時、何て言うんだっけ。
職権乱用?で合ってるかな?
それとも、公私混同?
彼女の知らない所でこういうことをしているということは、若生さんを思っているようでいて、実はとても残酷なことなのに。
「で、あたしたちにおとなしく、先輩からのいじめに耐えていろ、って?」
あたしの言葉に委員長は伏せていた顔をあげた。
そんなこと、考えもしなかったんだろう。
順調に学校生活を送っている中学生が、急に部活動を辞めたりはしないだろう。
行動には原因と結果があるはずなんだから。
「あたしがどんな思いで、剣道部を辞めたかわからないでしょう?
目立って自信満々な人間はどんなことにも傷つかないとでも思ってるの?」
「なら、藤谷さんはともかく、河内さんが辞めることはなかったんじゃ……」
委員長は世良の方を見る。
「あたしは瞳に対する先輩方のやり方が気に入らなくて辞めたんだから、遅かれ早かれ辞めてたと思うけど」
これ以上、話すことはない。
若生さん本人から何か言われれば答えるが、委員長に答える必要はない。
これくらい最後に言う権利はあるだろう。
「知ったかぶりで口をはさまないで、委員長」
―――あたしには、あたしのやり方がある。
はたから見れば雑なやり方かもしれないけれど、あたしはこういう風にしかできない。
もちろん、委員長には委員長の気持ちがある。
そして、友だちを思いやるという気持ちがあることも、わかっている。
あたしと委員長のどちらが正しいかなんて知らない。
でも、逆恨みの気持ちをクラスの事情とからめて表面に出すことが正しいと言えないことぐらいわかるつもりだ。
ともかく、あたしたちは自分の欲しい結果を得ることができた。
あとはできることをするだけだ。
第七話(5)・終