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● 葉月 3  ●

 「さあ、できたわよ」
お祭り当日の夕方、あたしのゆかたの着つけを終えたお母さんが帯を軽くたたいた。
ちょっと胸元が苦しい。
ゆかたってこんなものなのかな?
髪の毛はゆかたを着る前にきれいに結い上げられて、髪どめまでつけられてしまった。
いつものように動けなくてちょっと面倒だ。
お母さんが薄いピンク色のきんちゃく袋をくれた。
「これにお財布やなんか入れて歩きなさいな。 下駄は玄関に出してあるから、途中で足が痛くなったら休むのよ」
「はぁい」
「あ、瞳、ちょっと待って」
お姉ちゃんにすれ違いざまに廊下で呼び止められる。
「ちょっと上向いて」
言われたとおりにしたら、スッとくちびるにお姉ちゃんの指が走る。
「何したの?」
「こすっちゃだめだよ。口紅だから」
口紅?!
「たまにはいいでしょ」
そう言って、元生徒会長は笑った。
手には小さなケースがあった。

 
 待ち合わせ場所にはあたしの方が早く着いた。
家に迎えに来てもらってもよかったのかもしれないけど、照れる。
「彼氏」ができた、なんてわざわざ家族に言うことでもないだろうし。
時間が近づくと、とてもドキドキしてきた。
変なところないよね?
その場でくるりと一回りしてみる。


 「……藤谷?」
やって来た鈴木はあたしの姿を見て、不思議そうな声を出した。
「何?」
やっぱりどこか変なのかな?
「や、何でもない」
鈴木がスタスタと先に行ってしまおうとするので、追いかける。
「待って」
歩くたびに足元からカタカタと音がする。
何で下駄ってこんなに歩きにくいんだろう?
鈴木がすぐに戻ってきて、左手であたしの右手を取る。
「危ないから」
そう言った顔は少し赤い。
もしかして、鈴木も照れてる?
「……うん」
あたしは顔が上げられずに、下ばかり見てしまう。
手をつなぎやすいように、きんちゃく袋を左手に持ちかえる。



 「誰かに会っちゃうかな?」
黙っているのが嫌で、あたしは鈴木に問いかける。
あたしたちのことはまだ陸上部のみんなと智穂と佐々田しか知らない。
2年B組のみんなが知るのは夏休み明けだ。
七島神社のお祭りは西町小学校だったひとはたいてい行くだろうし、和紗やお姉ちゃんも行くし、世良は智穂と一緒に行くって言ってた。
たぶん佐々田も行くだろう。
あたしも誘われたけど、先に鈴木と約束しちゃったから断った。
『デートだ』ってすごく冷やかされちゃったけどね。
「会ったっていいだろ」
あたしたちを見たって、すぐに彼氏と彼女だってわかるわけないか。
いつも一緒だもんね。
そのうち二人でいるだけでもそういう関係だってわかるようになるのかな?


 前に八坂先輩に触られた時は怖くてしかたなかった。
でも、今触れている鈴木の手は怖くないし、全然嫌じゃない。
ずっとこうしていたい。
やっぱり相手が好きな人だと違うんだな。
あたしはドキドキしながら、そんなことを考えていた。



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