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● 葉月 4  ●

 小さな橋の向こう側からお祭り独特の笛や太鼓の音が響いている。
それを聞きながら、あたしたちは橋を渡る。
「鈴木」
あたしが呼ぶと、前を歩く鈴木は足を止めて振り返る。
「どうした?」
「もうちょっとゆっくり歩いてくれる?」
慣れない下駄で歩きづらい。
「わかった」


 神社の境内が見えるころ、向かい側から世良と智穂がやってくる。
手をつないでいるのを見られたくなくて、あたしが手を離そうとするけど鈴木は離してくれなかった。
「ちょ……」
「いいから」
ちっともよくないから離してよ。
二人はあたしたちに気づいたみたいだけど、ニコニコと笑ったままで近寄ってこようとはしなかった。
明日、いろいろ聞かれるんだろうなぁ。
サァッと涼しい風が一瞬、吹き抜ける。
握られた手のひらだけが熱い。


 「あ、鈴木」
すれ違う瞬間に声をかけたのは佐々田だった。
「あれ、お前一人? 藤谷は一緒じゃないのか?」
「ここにいるよ」
つないだ手を軽くひっぱって前に出される。
佐々田はあたしを見たまま、ぼうぜんとしている。
あたし、やっぱり変なのかな?
「……それ、藤谷なのか?」
「そうだよ」
あたしが言うと、佐々田はさらに驚いた顔になった。
「マジかよ! ふだんとは別人じゃん!」
「そんなに違う?」
鈴木と佐々田の二人に聞くと、二人ともしっかりとうなずいた。




 屋台はお面や小さい子向けのおもちゃ、金魚すくいやわたあめなんかの食べ物までいろいろある。
境内はすごく混んでいてなかなか前に進めない。
「何か食べるか?」
鈴木に聞かれる。
「あんまりお腹すいてないや。まだ見て回ってていい?」
「あぁ」
顔をあげた瞬間に見た鈴木の目線があたしより高いことに気づいた。
「鈴木、背伸びた?」
「あぁ、たぶん伸びてると思う」
そっか。
声変わりしたんだから、背も伸びるよね。
ずっとつかんだままの手の力強さに今日、改めて気づいてしまった。


 
 一回りして、神社の脇まで来る。
周囲はお祭りの電飾でだいぶ明るくて、ここで座って何かを食べている人たちもいた。
ビニール袋を開けて途中で買った焼きそばと缶ジュースを取り出し、一つづつ隣に座る鈴木に渡した。
「ありがとう」
「ゆかた、汚すなよ」
言われてあわててきんちゃく袋からハンカチを取り出して、ひざに置いた。
「せっかくきれいなんだから」
一瞬、聞き間違いかと思った。
鈴木の方を向くと、顔を向こうに向けたままだ。
その顔が光に照らされて赤くなっているのがわかる。
「何か言った?」
あたしは聞こえなかったふりをして、聞き返した。
「もう言わない」
「こっち向いて言って」
鈴木があたしの方を向いた。
「似合ってる」
その声は震えているようにも聞こえた。
「ありがとう。嬉しいよ」
答えながらあたしは、鈴木の左手にそっと自分の右手を重ねる。
あたしは自分の手首のプロミスリングの色と鈴木のプロミスリングの色が光の中に浮かび上がるのをぼんやりと見つめていた。



このまま、時間が止まってしまえばいいのに。
そんなこと起こるわけない、とわかっていても、あたしはそう願わずにいられなかった。



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