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● ON YOUR MARK 1  ●

 七月になった。
朝方は少し冷えるが、風は夕暮れになっても昼間の熱を帯びたまま吹きつける。
制服は半袖に変わり、受験のない一・二年生はやがて来る夏休みの気配に早くも浮き足立ち始める。
が、運動部は県大会に向けての練習に追われていた。
もちろんそれは陸上部でも例外ではなかった。


 夕焼けに染まる空の下、あたしはまだグラウンドにいる。
「瞳、帰らないのー?」
世良が部室のそばから叫ぶ。
「もう少しやっていくー!」
叫び返すと、うなずいて部室へ向かっていく。
初夏の夕方六時はまだ明るい。
六時半まで粘っても、問題ないだろう。
邪魔になったスターティングブロックと小さな鉄アレイをまとめて片付けようとして、鉄アレイを足元に落としてしまう。
「……やば、っ」
つい声が出てしまう。
足の上じゃなく、地面に落ちたのは幸いだった。
鉄アレイを拾おうとしゃがむと、鉄特有のヒヤリとした感触が指先に触れる。


 こんなことで、勝てるだろうか?
恵庭冴良や、同じ競技を闘うだろう、まだ見ぬライバルたちに。
考えを追い出したくて、頭を左右に振る。
弱気じゃいけない。
自分の気持ちを自覚してからというもの、勉強も部活もうまく身が入らない。
というか、調子を狂わされている。
夏休みになる前に、期末テストもあるのに。


 教室の中、後ろ姿を見つけるだけでも嬉しくて、ずっと見つめていたい。
でも、見てることに気づいてほしくない。
矛盾する想いが胸にうずまいている。


 考え事してるときに唇を触るくせも、太陽のようにはじける笑顔も、前髪をうっとうしそうにかきあげるのも、全部今まで見てきた何気ないしぐさなのにやたらと胸に響く。
みんなは好きな人がいても、ちゃんと勉強したり部活動できているんだろうか?
好きな人がいる。
それだけなのに、こんな風になってしまう。
あたしがあたしじゃなくなってる。
もう、県大会まではあんまり考えないようにしよう。
そう思っても、視線は鈴木を追うことを止めてくれない。


 こういうのってどうしたらいいんだろう。
あたしは初めてだらけの自分の感情をうまく扱えずにいた。

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