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● ON YOUR MARK 13  ●

 久しぶりの練習は、けっこう体にこたえた。
太ももの裏側の筋肉が少し痛い。
今日、お風呂上がったらお姉ちゃんに教わったストレッチを念入りにやろう。
あれ、効くんだよね。
西山中学女子バスケ部伝統の技らしいんだけど、陸上部にもそういう独自のルールとか少しずつ作っていけるといいなぁ。
それが初代陸上部の特権でもあると思うから。



 夏の夕暮れは早い。
すぐに周囲が見えないくらいに暗くなる。
水飲み場で軽く顔を洗い流すと、土ぼこりと汗でべとべとだ。
用意していたタオルで顔をふき、肩にかけると世良と部室へ向かう。
が、途中でタオルを落としていたみたいだ。
展人と鈴木が拾って持ってきてくれた。
「藤谷、タオル落としたぞ」
「えっ」
言われるまで、ちっとも気づかなかった。
「ありがとう。 よくあたしのだって気づいたね」
「ほんとにねぇ」
世良は隣でにやにやしている。
その笑い方は何なのよ。
「や、赤垣が『あれ瞳のじゃないか?』って言うし、名前入ってたから」
タオルは小学校の家庭科で自分で名前を刺しゅうしてあるものだった。
こんなの、よく見なければわからないのに。
それよりも、鈴木の口からこぼれた『瞳』という言葉にどきっとする。
こんなの呼ばれたうちに入らないかもしれない。
どうしよう。
好きな人に名前を呼ばれるって、ものすごく幸せだ。


         
 体育館の方からやってくる人影が見えた。
その顔がわかるぐらいまで近づいて、思わず身構えてしまう。
やってきたのが梁瀬さんだったからだ。
後ろから同じ部なのだろう、同じユニフォームを着ている子たちがやってくる。
その中には手に卓球のラケットを持っている子たちもいる。
梁瀬さん、卓球部なんだ。
てっきり茶道部とか書道部あたりだと思っていたから意外だった。
梁瀬さんはあたしに気づくと、一瞬目をそらした。
が、次の瞬間、またこちらを熱っぽい目で見つめる。
――鈴木がいるからだ。
「帰るの遅くなっちゃうよ、行こう」
「あぁ」
世良が声をかけて、四人とも歩き出す。
誰にも気づかれないようにそっと後ろを振り返る。
梁瀬さんもこちらをそっと見ていた。
少し離れてもわかるくらいの好意の目で。



 鈴木は気づいてないのかな?
小学五年・六年の二年間、あたしたちは梁瀬さんと同じクラスだった。
その頃から好きだったなら、もう四年くらいになるんだろう。
梁瀬さんだってそれなりに好意を示してきただろうし、気づかないなんてよっぽど鈍いとしてもありえない。
気づいてて無視してるとすれば、それは最低だ。
いくらそうだとしても、好意を持ってくれたなら誠実に接するべきじゃないのかな。         


 そこまで気づいて、ふと自分のことを思う。
あたしが鈴木への想いに気づいたのはつい最近のこと。
笑顔を独り占めさせて。
ずっと隣にいてほしい。
いつだってそう願ってる。
でも、この願いだって届くとは限らないんだ。
もし今の梁瀬さんと同じ状況だったならあたしは耐えられるだろうか?
鈴木からの答えが「好きじゃない」であるとしても。
自分に都合のいい答えが返ってくるとは限らない。
いつかわかってしまう日が来たら、きっと友だちとしての関係は壊れてしまう。
それでも、あたしは鈴木に伝えたい。
「あなたが好き」と。

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