モドル | ススム | モクジ

● ON YOUR MARK 15  ●

 家に帰って、本棚からある物を取り出す。
小学校卒業の時にみんなに書いてもらったサイン帳。
サイン帳の紙は当時、同じ班だった鈴木にも書いてもらっている。
めくっていくと途中で鈴木の書いたものを見つける。
誕生日の欄には『7月25日』の文字があった。
うそ、あと十日もない。
生徒手帳を取り出すと、そこには23日から25日まで矢印で『県大会』の文字が書かれている。
そうか、25日は県大会最終日なんだ。



 裁縫箱を開くと、赤と黄色、紺、緑の刺しゅう糸はあった。
でも、使いたかった白がない。
赤と緑じゃクリスマスみたいだし、赤と紺じゃ色が強すぎる。
赤と黄色が一番色の組み合わせとしてはいいかも。
和紗にプロミスリングの作り方だけ教わって明日から作るとして、あたしの手で作るのに間に合うかな?
部屋でバタバタしていると、和紗が呼びに来た。
「お姉ちゃん、ごはんだよ……何してるの?」
一緒に帰ってきた展人を振り切って「ただいま」も言わずに急いで部屋に入り、制服を着替えないまま、本棚や裁縫箱を散らかしている姿を見れば誰でもそう聞きたくなるだろう。
人に見られたことで、急に恥ずかしくなった。
「あ、うん。 何でもないよ。 そうだ、和紗、白の刺しゅう糸って持ってる?」
持ってるかどうか知らないけど、一応聞いてみる。
「白の刺しゅう糸?」
「持ってたら少しもらえないかな?」
「ちょっと待ってて」
和紗が自分の部屋へ入っていく。
少しして箱を手にこっちの部屋に戻ってくる。
「たぶんあると思うけど。 何か作るの?」
「……プロミスリング作ろうと思って。 教えてくれる?」
和紗がぽかんとした顔をする。
顔に『何言ってるんだ』と書いてある。
それはそうか。
今まで縫い物とか料理とか家庭科的なことを授業以外で誰かから教わろうなんて思ったこともなかったし、和紗も『教えて』なんて言われると思ってもいなかったんだろう。
「わかった。 ご飯のあとでね」
その時、階下からお母さんの呼び声が聞こえて、和紗が階段を下りていく。
あたしはいったん扉を閉めて制服から私服に着替え始めた。



 夕ご飯の後、久しぶりに片づけを手伝った。
いつも準備はお母さんと和紗がやっているから、たまにはと思ってのことだ。
和紗は美術部だけど、陸上部のあたしや高校の運動部にいるお姉ちゃん
よりも帰りが早いことが多いので手伝う回数も自然に多くなっている。
部屋に行くと、和紗が扉の前で待っていた。
「白いのあったからあげるよ」
「ありがとう」
「ハサミとセロテープある?」
「あるよ」
何に使うんだろう?
「使う色はどれ?」
赤と黄色を裁縫箱から取り出して渡す。
「これと同じぐらいの長さでいいの?」
和紗があたしのプロミスリングを指さしながら言う。
「ううん。 もうちょっと長めにしたいんだけどできるかな?」
男の子だからあたしの手首よりは大きめにしたほうがいいと思っていたんだけど。
「できるよ。 六本編みでいいの?」
「六本編み?」
「お姉ちゃんがしてるやつが六本編みなんだけど、そういう感じのを作りたいの?」
「うん」
あっという間に、和紗は糸をハサミで切り分ける。


 そうか、各色二本ずつ使うんだ。
切り分けられた糸をまとめて軽く結ぶ。
「緑、ちょうだい」
「え?」
緑の糸は使わないのに。
「まったく同じ色を二本作るの?」
ふるふると、首を左右に振る。
「緑が入るほうを見本にするから。 こっち、セロテープでとめて」
「うん」
赤・黄色・白のまとめられた糸を机に上の方と結び目あたりでくっつける。
その右側に赤・黄色・緑のまとめた糸をはりつけた。
「右側のやつを私が編むから、よく見てて」
和紗がいすに座り、あたしはそれを見ながら教わる。
「六本だと斜め編みが簡単かなぁ」
そう言いながら器用に手を動かし始める。
左側の糸を数字の『4』の形にして、真ん中の糸に巻きつけたら左手の糸を引っ張る。
左手側の糸をもう一回真ん中の糸に巻きつけて、左手は斜め上に、真ん中の糸は下に引っ張る。
二目めはさっきの左の糸が右に行くように巻きつける。
「これの繰り返しだから簡単だよ。 編み終わりは糸を三分割して三つ編みにして、強く結べば出来あがり。 こっちの緑が入るやつは私が責任持って作るから、そっちを作って」
和紗は右側の編みの見本にしたものを机からはがして、もくもくと編み始める。



 「誰かにあげるんでしょ? 世良先輩? それとも智穂ちゃん?」
「世良だよ」
まさか本当のことは言えないから、ごまかした。
世良は夏休み中の八月に誕生日を迎えるから、ごまかしやすかったのもあるんだけど。
「ふうん」
あたしの即答に和紗は不思議そうな声を出したが、それどころじゃなかった。
不器用なあたしでもコツをつかめば簡単に作れるんだ、知らなかった。



 誰かに何かを作りたいと思う。
そんな気持ちを教えてくれた鈴木に感謝と、十四歳の誕生日おめでとうの意味もこめて一生けんめい編み続けた。
その前に、受け取ってくれるかな?
気に入ってくれるといいな。

モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 Ai Sunahara All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-