●● ON YOUR MARK 17 ●●
県大会初日の早朝、あたしと展人は始発電車に乗っていた。
終業式の日、場所取りのためのビニールシートを誰が持って行くかまだ決まっていなかった。
あたしはてっきり先生にお願いするのかと思っていたのだが、競技場の門が開くのが朝7時だし、自分たちの場所確保という意味でも各中学校とも自分たちで行かなくてはいけないのだ、と県大会出場経験のある展人がみんなに説明する。
朝早いということで誰も『自分が行く』と言い出さなかった。
牧村くんがじゃんけんを、伊狩さんがアミダくじを提案する。
でも、香取くんが言った一言が二人の提案を打ち消した。
「藤谷と赤垣の二人で持って行けばいいんじゃないか? 二人とも同じ家から出てくるんだから」
その言葉にみんながざわつく。
そっか。
いとこだとは知っているけど、同じ家に住んでるって特に言わなかったもんね。
陸上部で知っているのは、うちに来たことのある世良・鈴木・香取くんくらいか。
もしかしたら和紗と同じクラスの重野くんも知っているかも。
「そういうことなら二人にお願いできるか? 赤垣は競技場の場所わかるんだろう?」
あたしだけでは競技場の場所がわからない。
でも展人は去年も行ってるんだから、わかるはずだ。
「あぁ、わかるよ」
「じゃ、頼む」
板河くんの一言が決定打となった。
救急箱は牧村くん提案のじゃんけんで、川添さんが持ってくることになった。
ストップウォッチは板河くんが、記録のノートは酒井さんが持ってくる。
昨日の晩は準備で大忙しだった。
ユニフォームやタオル、替えのTシャツを詰めるだけリュックに詰め込む。
お母さんにお弁当を頼んだら、ぼそりと予想外のことを言われた。
「明日、展人くんも出るんでしょ? 見に行こうかしら」
「え……」
何と答えを返していいかわからず、とまどう。
『展人は出ない』と言った方がいいんだろうか?
展人は何と伝えているんだろう。
うちの中学に転校してきたから出られない、なんて知ったら、きっと悲しむ。
「明日は予選だし、もし最終日まで残ったら来てよ」
「そう……」
お母さんは寂しそうな顔をして、下を向いてしまった。
ちょっと言い過ぎたかな。
でも、同級生に母親を見られるのがちょっと恥ずかしい。
授業参観や三者面談みたいに居て当たり前の感じのときはいいんだけど。
電車が終点に着いて、あたしは展人に揺り起こされた。
どうやら眠っていたみたいだ。
「ここから乗り換えだ」
電車を降りて、ひと気のないホームを二人でとぼとぼと歩く。
何だか、遠足の時みたい。
集合場所に着くまで誰にも会わなくて、不安になるあの感じ。
乗り換えのホームに着くと、銀色の車体に赤のラインが下に二本入っているきれいな電車に乗る。
あたしは隣に座る展人に聞いた。
「いくつ目の駅で降りるの?」
「四つ目の『楓ヶ丘』って駅だ。 そこからは歩き」
一つ目の駅に止まると、深緑色の体操服を着た中学生がたくさん乗ってきて隣の車両が一気に騒がしくなった。
あの子たちも楓ヶ丘に行くのかな?
その中の茶色の髪の毛の男の子がこっちを見て、確認するみたいに寄ってきた。
え? あたしの知り合いじゃない……よね。見たことない子だし。
「赤垣じゃん。 久しぶり」
彼は展人に声をかけてきた。
展人は顔をあげて、その人を確認した。
「……八城?」
「そうだよ。 お前、変わってないなぁ。 すぐわかったよ」
「三ヶ月でそんなに簡単に変わるか」
「隣、彼女?」
彼は大きな目でしっかり見つめるあたしのことを、展人に尋ねてくる。
「違う、いとこだ。 瞳、こいつ八城瞭(あきら)。 東千寿中で走高跳やってる。 八城、こいつは俺のいとこで藤谷瞳。 西山中で100やってる」
「初めまして」
「よろしく。 西山中って初めて聞いた」
「陸上部は今年できたばかりだから」
「へぇ」
八城くんはあたしの言葉を聞くと、とたんにニヤつきはじめた。
大して実力がないのにまぐれで来たとでも思われてるんだろうか。
「赤垣、中原中の連中は一緒じゃないのか?」
「俺、六月で転校してるから。 今は西山中なんだ」
「はぁっ!?」
「だから、県大会には出られない」
展人は八城くんの目を見て、はっきり告げる。
あたしたち中学生にはどうにもならない事実として。
「マジかよ……」
八城くんは自分の目を右手で隠すしぐさをしてから、もう一度展人を見る。
「わかった。 今回は勝負預けとくから、秋の県新人にはぜってー出てこいよな!」
言いたいことだけ言ったって顔をして八城くんは同じ中学の仲間のところへ戻っていった。
「いいライバルじゃん」
「ライバルなんかじゃない。俺の記録を追いかけてるだけだ」
あたしの言葉に展人はふてくされた顔で答えた。
「それをライバルって言うんじゃないの?」
展人はもう答えてくれなかった。
あたしも恵庭冴良から『藤谷瞳がライバル』だと思ってもらえる日が来るだろうか。
あたしの記録を抜かしたい。
負けたくない、勝ちたいんだと。
展人と八城くんのように共に戦えない日が来たら、悔しいと思ってもらえるだろうか?
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