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● ON YOUR MARK 18  ●

 無事に場所取りが終わり、みんながシートの場所を探り当てて集まりだした。
そんな中、あたしはシートを抜け出して、スタンドへの階段を登る。
ほほをかすめる風が、夏とは思えないほど冷たかった。
最後の段を登り、目の前に広がったのは緑の草の海と赤茶色の舗装されたトラック。
あたしは思わず、息をのむ。
ついにここまで来た。
本当にここで走るんだ。


         

 開会式が終わり、シートに戻ったみんなは思い思いのことをしている。
ごろ寝したり、ウォークマンで音楽を聞いたり、プログラムを読んだり、髪を結び直したり、安全ピンで胸のゼッケンをつけてたり、朝ごはんを食べたり、スパイクのピンを取り替えたりしている。
あたしもスパイクのピン、確認しておかないと。
いつもつけている校庭用というか土使用のものとは違う、もっと短くて先がでこぼこしている専用のピンがあるんだ。
「俺は一日中運営委員会にいるからな。 何かあったら呼べ」
開会式が終わって、山内先生はそう言うと一階の委員会がある部屋へ行ってしまう。
「先生、幅跳びの競技委員なんだってさ」
「へぇ、忙しいんだね」
板河くんと酒井さんが話しているのを聞きながら、思った。
顧問の先生って引率だけじゃないんだな、って。
       


 「板橋さん、そのプログラム貸してくれる?」
あたしはプログラムを見ていた一年生の板橋さんに声をかけた。
本状にとじられているプログラムが三つ、開会式が終わってシートに戻ったら展人が山内先生から預かってきた。
あとの二冊は誰が持っているのか、まったくわからない状態だった。
渡されたばっかりだし、あと二日間使うんだから大事にしないと。
あたしの予選は十時からだ。
その前に召集コールがあるから、九時半には召集場所にいないと失格になる。
プログラムや記録の見方も展人がみんなに教えてくれた。
出た記録はそれぞれ自分たちで見に行くか、流れる放送を聞かないといけない。
2年女子100M予選は8組が出る。
そのうち準決勝に行けるのは各組二着までで、もし記録がよければ+(プラス)っていうらしいけど三着も拾ってもらえるかもしれないみたい。
そんなお情けみたいな拾われ方じゃなく、ちゃんと上に行きたい。



 時計の針が九時十五分を示したとき、あたしは第二競技場にいた。
第二競技場も赤茶色の舗装されたトラックで、ここのすみっこが召集場所になっている。
準備運動もばっちりだし、だいぶ調子が上がってきた。
早起きが効いたのかな?
「召集、そろそろ行ってるね」
「おぅ」
初めてだからわからないだろうとついてきてくれた展人と一緒に準備していた世良に聞こえるようにはっきりと言う。
世良の2年女子200Mは十時半に予定されているけど、舗装されたトラックに慣れたいらしくて早めに準備に来たのだ。
「行ってらっしゃい」
「瞳、上でみんなと一緒に記録取ってるからな」
うわ、そうやって余計な心配かけないでよね。
荷物を抱えてふたりから離れる。
ときどき、地面がコンクリートの部分を歩くと、スパイクのピンがカチャカチャと音を立てる。
ふと、顔をあげる。
――鈴木が、そこにいた。
何で? 予選は午後のはず。
「藤谷」
「行ってきます」
まっすぐ鈴木のことを見つめたまま、告げる。
脇を抜けた瞬間、聞こえた言葉。
「思いっきり、お前らしく暴れて来い」
あたしは振り返らず、右腕を高々とあげた。
その声は確かに届いたと伝えるために。
走る前に来てくれた、それだけで充分。



 召集場所に入ると、奥に座る恵庭冴良の顔が見えた。
召集担当の競技委員に告げる。
「西山中学、藤谷瞳です」
「西山中学の藤谷瞳さんね。 四組の第五コースのところに並んでください」
中学校と名前をチェックされた後、『5』と書かれた白い布と安全ピンを渡された。
何に使うのかと思ったけど、近くにいる人を見て腰につけるのだとすぐわかった。
並ぶ場所に着いてから、腰に安全ピンで布をつける。
あたしが座ったのは、恵庭冴良の二つ前の組だった。
たくさん人数がいれば、さすがに最初から同じ組にはならないか。
恵庭冴良と戦うことが県大会の目標だった。
何が何でも負けるわけにいかない。
準決勝、そして決勝で彼女と戦いたい。




あたしはそっと奥歯をかみしめた。





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※1995年ごろより、陸上競技では『〜コース』ではなく『〜レーン』という呼称に変更されております。
作中の年代は1991年ですので、あえて『コース』を使用しております。ご了承ください。


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