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● ON YOUR MARK 19  ●

 召集を終えて、第一競技場に選手みんなで移動する。
朝一番の競技だというのに、スタンドは明らかに各学校の陸上部員ではない人影がちらほら見える。
陸上部員の父兄たちだろうか。
そういえば来ると言っていた智穂は来ているのだろうか。
きっとまだ来てないだろうな。
荷物を用意されたカゴに置いて、ジャージを上下とも脱いでユニフォーム姿になる。
いくら夏とはいっても、上が袖なしなので寒く感じる。
足を前後に伸ばしたり、その場で軽く飛び跳ねたりしてみる。
周りを見渡せば、みんな似たようなことをしている。
スタンドから、歓声があがる。
第一組が走り始めたみたいだ。

         

 「第四組、コースに入ってください」
競技委員の人の声で、あたしは自分のコースに向かう。
第五コースがあたしの場所だ。
スタートラインから歩幅を数えて、左足が前に来るようにスターティングブロックを置き直す。
スタートラインに両手をそろえて、腰をあげる。
数メートルほど走ってみる。
いつもよりも体が軽く感じる。
そっとスタンドを見上げる。
展人が『上で記録取る』って言ってたから、スタンドのどこかにはいるんだろうけど人が多くてよくわからない。
準備している人以外はきっとみんな上にいるだろう。



――自分のために、走ろう。
恵庭冴良と戦いたい。もちろん、それはある。
でも、それだけじゃない。
誰に後で何と言われても、まずは自分のために全力をつくそう。



 「位置について」
審判員の声に、コースの中に進み出る。
「用意」
コースに入っている八人がいっせいにスタートの体勢を取る。
スタンドは応援の声を止めている状態だ。
「パーン」
号砲のピストルが鳴る。
校内陸上大会の時みたいに、今度はフライングしなかった。
景色が流れ、大きな歓声も耳に入らない。
走り始めて、あたしは目を疑った。
前に二人、いる。
準決勝に行くのは各組上位の二人。
ここで抜かさなかったら、恵庭冴良との戦いはなくなる。
負けるわけにはいかない!
足をそれまでよりも大きく踏み出す。
すぐ前にいた薄い黄色のユニフォームの子とゴールしたのは、ほぼ同時だった。
――負けたかもしれない。
あたしはゴール付近で肩で息をしたまま、そう思った。
いつもならこんなこと思ったりしない。
自分が『足が速い』とうぬぼれていたのだとわかった。
中平市でどんなに速くても、県レベルでは全然足りていない。
最初からこんなに危ない状態だなんて。



 恵庭冴良は第六組を一位で通過した。
終わって荷物を引き取りに行くこともせずに、ゴールの端の方で見ていたあたしはそれをぼうぜんと見ていることしかできなかった。
あたしは去年の県大会を経験していない。
それはやはり不利なのだろうか。


 預けた自分の荷物を引き取り、第二競技場へと歩く。
体の筋肉のクールダウンをしておかないといけない。
第二競技場の入口には、早くも2年女子100M予選の結果が出ていた。
あたしはそれを見るため、ふらふらとそちらへ近づく。
コース番号に赤丸がついていれば準決勝進出、そうでなければ予選落ちだ。
そっと第四組の結果に目をやる。
……第五コースのあたしの名前の前に赤丸が、ついていた。
「……うそ、」
あたしは思わず、つぶやいた。
最後、抜いたかどうか自分でも確信が持てなかったのに。
よく見ると第四組は三人分、丸がついている。
記録の部分を見ると、あたしは前の順位の子と同じ記録が書いてある。
記録でどうにか拾われたといったところか。
緊張の糸が切れたあたしはその場に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?!」
急に座り込んだあたしを見て、近くにいた別の学校の子が声をかけてくれた。
「……だいじょうぶです」
細々と答えたあたしの肩を後ろからつかまれた。
振り返ると、鈴木と展人がいた。
「藤谷、大丈夫か?」
「瞳」
「……どうして」
どうしてここにいるの、と聞きたかったが、声にならない。
何でこのタイミングで来るの。
「放送、流れたから確認しに来たんだけど……」
あとはもう頭が真っ白で、何も考えられなかった。   


 
 県大会初日、西山中学陸上部に最初に明るい報告をもたらしたのはあたしの予選通過だった。

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