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● ON YOUR MARK 21  ●

 7月24日、県大会2日目。
午前十一時二十分、あたしは第一競技場のトラックで順番待ちをしていた。
全八組の上位二名と、記録がよくて+(プラス)で拾われた二名の計18名。
ここでもあたしと恵庭冴良の組は重なることがなかった。
決勝まで行かないと、二人が同時に走ることはない。
100Mと200Mは男子女子関係なく、競技人数が多いのだと県大会が始まる前に山内先生から聞かされている。
ある程度覚悟はしてたけど、やはりつらい。
やりたくないことだから後回しにされているみたいだ。



 決勝に残るには、準決勝で二位までに入らないといけない。
三位が拾われるかどうかは昨日と同じように、記録がいいかどうかだけ。
三組作られたが、全部のコースを埋めるほどの人数はいなくてところどころ空いている。
恵庭冴良は一組目を二位で抜けていく。
予選でもここでも圧倒的な力を見せつけられる。
『まだ足りない』
『ここまで来い』
そう言われている気がした。



 あたしは二組目を二位で抜けた。
自己判断だけど、予選よりはいい走りができたと感じていた。
準決勝を+(プラス)ではない記録で抜けたことで、気持ちに余裕ができた。
たぶん今までよりもいい記録が出たんじゃないかと思う。
終わった後、第二競技場へ向かう。
足の筋肉のクールダウンもしなくちゃいけないし自分の記録も気になっていたけど、それよりも鈴木の準決勝の結果はどうなったのか知りたかった。
途中で応援に来た智穂と佐々田に会った。
「瞳、決勝進出おめでとう!」
智穂が涙を流しながら喜んでくれた。
泣きすぎて、顔がぼろぼろになっている。
こんな調子じゃ明日はどんな顔になっているんだろう。
「藤谷、おめでとう。 決勝は明日なんだっけ?」
「うん、そう」
「鈴木と河内はどうした?」
二人とも昨日も来てくれていたみたいだから、鈴木と世良が準決勝進出したのも知っている。
佐々田の男子テニス部は中平市の団体優勝を東山中学に取られてしまったし、個人でも県大会の出場権を取ることができなかった。
「鈴木の準決勝はあたしよりも先に終わったよ。 世良は午後からだね」
「そうか」
「瞳、昨日はどうしたの? シートにあたしたちや和紗ちゃんたちが行ったの知らないでしょ?」
「ううん、みんなから聞いたよ。いったい何だったのか自分でも未だによくわからないんだよね」
「『緊張の糸が切れた』ってやつじゃないのか」
「あぁ、そうかもねぇ」
「あたし、お弁当と差し入れ作ってきたからみんなで食べよう!」
『お弁当』と聞いたとたん、佐々田の目が輝いた。
「俺の分もある?」
「もちろん」
「やったー!! ありがとうな、葛西!」
小さい子のように喜ぶ佐々田を見て、あたしたちは笑いあう。
「上のスタンドで食べようよ」
「あたし、第二競技場に用があるから先に行って場所取っててくれない?」
「わかった」
「待ってるね」
二人は来た道を戻っていった。



 あたしが第二競技場に向かって歩き出した時、反対方向から向かってくる人影が見えた。
あたしのようなジャージ姿でなはく、私服のその人の顔は逆光で見えない。
光の加減がやわらいで顔が見えた瞬間、あたしは足を止めた。
――梁瀬さん。
何で、なんて考えるまでもない。
鈴木を見に来たんだ。
それ以外考えられない。
第二競技場のすぐそばに大きな公園があるから、出入口付近ならば私服の人がいても特におかしく思われない。
きっと鈴木の記録を見てきたんだろう。



 梁瀬さんとやりあったあの日。
彼女があたしに鈴木を好きだと言わなければ、あたしは今でも気持ちに気づかないふりをしていたかもしれない。
変な話かもしれないけど、それだけは感謝している。
恋を知らないでいるよりはずっとよかったし、鈴木が大事な人だって気づけたから。
鈴木への気持ちを恋だと知ったあの時よりも、気持ちははっきり色づいている。
今日、会うはずのない彼女に会ってしまって心が高ぶっている。
やっぱり、渡したくない。
渡せない。
どれだけ勝手だと言われても、鈴木の隣にはあたしがいたい。



       
 何があっても、もうこの気持ちは止まらない。
あたしと同じように走っている心は、あたし自身さえ止められないところまで来ていた。

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