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● ON YOUR MARK 5  ●

 鈴木はあたしが何も答えなかったのを同意と取ったようだ。
「今のは忘れてくれ」
そう言うと、あたしの脇をすり抜けて教室の中に入っていった。
何でも話せる友だちだと思っていた。
それなのに。
鈴木が男子だから、好きだから言えないことがある。
いま初めて、男女の壁があたしが思うより高いことを知った。



 急に後ろから肩をたたかれた。
「うわ」
驚いて飛びのくと、そこには世良が立っていた。
「こんなところで何してんのよ?」
「うん、ちょっとね……」
「教室出るんでしょ? トイレつきあって」
「いいよ」
二人で女子トイレへと向かう途中、世良に尋ねられる。
「さっき、誰かと話してなかった?」
「うん、鈴木と話してたよ。 髪の毛が制服のボタンに引っかかっちゃって取ってもらったんだ」
「……あのさ、変なこと聞いてもいい?」
「何?」
「瞳って鈴木のこと、好きなの?」
世良にまで言い当てられてしまった。
やっぱりあたしは智穂が言っていたとおり、わかりやすいんだろうか?
「うん……好きだよ」
それだけ答えるのに、身体中の熱が一気に上がる。
「そうなんだ! あたし、応援する! 応援っていっても具体的に何したらいいかわかんないけど」
世良はそう言ってくれた。
「ありがとう」
あたしは感謝を告げた。
でもどうして世良にまでわかってしまったんだろうか?
「あたしが鈴木を好きだなんて、なんでわかったの?」
「智穂から聞いたんだけど、信じられなくて瞳の様子をこっそり見てたんだ。 そしたら態度や視線の先でなんとなく納得できたっていうか、そんな感じ」
「そうなんだ」
わかりやすすぎるってことなんだろうな。
気持ちを隠すのは難しいってことか。
みんなはどうやって隠してるんだろう?
「一個だけいいこと教えようか?」
世良がにんまりと笑いながら、あたしに問いかける。 
「なに?」
「あのね、鈴木ってあたしたちを呼ぶときに必ず、瞳から呼ぶんだよ」
「うそっ! そんなの知らないよ?」
「本当だよ。 今度、注意して聞いてごらん?」
本当だろうか?
もし本当なら、ほんの少しだけ希望を持ってもいいかな?


 トイレをすませて、教室に戻ると出入口に川添さんが立っていた。
一生懸命、教室の中をのぞくようなしぐさをしている。
「どうしたの?」
あたしが声をかけると、川添さんが驚いたように振り返る。
「藤谷さん、河内さん、ちょうどよかった。 あのね、二人とも今日水着持ってきてる?」
「水着?」
「今日から部活できないでしょう? だから、先生の許可とって希望者だけでも自主練しないかって板河くんが言ってて……」
「そっか、今日から部活動禁止なんだっけ」
隣で世良が思い出したようにつぶやく。
テスト前10日間は放課後の部活動が禁止になる。
問題を保管している関係から、職員室も生徒たちは出入り禁止だ。
先生を呼ぶときは、職員室入口から目当ての先生の名前を呼ぶか、通りがかった他の先生にお願いして呼んで来てもらうしかないのだ。
「ジャージ着て校庭で自主練じゃダメなの?」
「校庭にジャージでぞろぞろいたら、通常の部活動になっちゃうよ」
「で、水泳ってわけね。あたしは持ってきてるから大丈夫」
今日は五時間目が水泳だからちょうど持ってきてた。
「調子悪いから、あたしはパス」
え?
世良が出ないなんて珍しい。
「わかった。 鈴木くんと赤垣くんに声かけておいてもらえる? A組は今行ってきたから、C組にも声かけて」
「了解」
「お願いね」
あとをあたしたちに頼んで、川添さんは階段を降りて行った。
D組はプレハブ校舎だから戻るのに時間がかかるんだろうな。
そんなことを思いながら、川添さんの背中を見送った。

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