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● ON YOUR MARK 6  ●

 「出ないなんて、珍しいね」
あたしはふと、口に出していた。
いつもの世良ならこういう面白そうなことにのってこないはずがないのに。
「あ、さっきの?」
「うん」
「あぁ、今日、女子の日だから」
「へっ?」
あたしは間抜けな声を出してしまった。
「生理なんだよね、今日。さすがに水泳はばれるからね」
『生理』
その生々しい単語にどきっとする。
あたしもちゃんと毎月来てる。
自分が女性になるために必要なものだし、世良や他のみんなにあっておかしくないものなのに何で他人から聞かされるとこんなにどきどきするんだろう。
女の子から女性に変化しようとしている。
それを間近で見ているせいかもしれない。



 「じゃあ、あとはまかせた。あたしC組に行ってくるから」
そう言い残して、世良はC組に行ってしまう。
あたしは鈴木と展人、どちらに言えばいいのか迷っていた。
話しやすさでいったら展人なんだけど、鈴木に言っても展人には伝わるだろうし何より普段どおり話せないだろう。
あぁ、もうどっちでもいいや。
そう思っていたのに、自然と足は鈴木の席へ向かっていた。
「鈴木」
声をかけると、鈴木はノートから目をあげる。
何か書いてたみたいで、手を止めさせてしまった。
「なに?」
「今日、希望者だけでも自主練しないかって部長が言ってるらしいんだけど、水着持ってきてる?」
「は? 何で水着?」
「部活禁止期間だから、校庭使ったら通常の部活になっちゃうじゃん。
先生の許可とって水泳やりたいらしい」
「藤谷はやるのか?」
なるべく正面から見ないように話してたのに、下からのぞきこまれるみたいに目を見つめられる。
すごく話しにくい。
「あ……うん、今日暑いし。 で、この話、展人にもしておいて」
「わかった」
「ありがと」
鈴木の席を離れて自分の席へ戻る。
――普通に話せてたかな。
ささいなきっかけでも話せることは嬉しい。
もし、この気持ちが知られたら話せなくなっちゃうのかな。
それとも―――。          


 放課後、プールに集合した陸上部員は全員で十人。
二年生女子はあたしと酒井さん、伊狩さん、男子は香取くんと黒川くん以外全員で一年生は川村さんと板橋さんが顔をそろえた。
世良は本当に来なかったし、川添さんはもともと水泳が苦手だそうだ。
香取くんと黒川くんは用事があるらしく断ったと、牧村くんから聞いた。
一年生二人も都合がつかなかったようだ。
「お前ら、試験前に余裕だな」
集まった顔ぶれを見て、板河くんがつぶやく。
「こいつは本当に余裕だろうな」
牧村くんが園部くんの肩をつかみながら、言った。
園部くんは学年で五本の指に入る成績らしい。
「『やる』って言ったの、板河だろ」
「まさか、本当に許可とってくるとはな」
自主練は許可が『取れたら』のはずだった。
本当に許可がおりてしまったから驚きだ。
『水泳部も今日は使わないから』って簡単に許可が下りたらしい。
「怪我だけはするなよ。でないと、許可した俺の面子が丸つぶれだからな」
急に後ろから聞こえた声は山内先生の声だった。
先生が保健体育の担当だから簡単に許可が下りたのかも、と思った。
          

 
 先生の言葉に従って、準備体操を念入りにしてプールに入る。
「ひゃ」
入った瞬間、水と自分の体温の差に思わず声が出る。
五時間目にも入ったから、そんなに水の温度が下がったわけでもないのに。
「うわっ!!」
聞こえた声のほうを向くと、飛び込み台付近から誰かが落とされたらしい。
水面から出てきた顔を見ると、園部くんのようだ。
遠目で見ても鈴木の顔がまともに見られないのに、水着なら尚更だ。
プールなんだから当たり前なんだけど、顔以外に視線を移すことができない。
「元気だねぇ、男子は」
「ほんとガキなんだから」
女子は一年生も二年生もみんな、誰からともなくコースに沿って泳ぎ始めた。
男子は先生が止めるまで、飛び込み台から押されたり自ら飛び込んでみたりしてはしゃいでいるようにしか見えなかった。
先生の怒鳴り声の後は、みんな普通に泳ぎ始めた。
途中で先生から個人個人に指導が入るので、自主練習というよりは体育の時間の続きみたいだった。



 プールには一時間もいただろうか。
「そろそろあがれ」
先生が声をかける。
プールサイドを更衣室へと歩き始めると、後ろに展人と鈴木が立っていた。
「藤谷、今日、河内はどうした?」
「あいつがいないなんて珍しいな。 いつもお前とセットだろ」
セットって何よ? 確かにいつも一緒にいるけどさ。
一応振り返ってはみたものの、やっぱり鈴木の方は見られない。
展人は平気なんだけどなぁ。
「世良はみやびちゃんのお迎えがあるって帰ったよ」
とっさに口から嘘が出た。
世良の妹のみやびちゃんは、保育園に通っている。
いつも週に何回かお迎えをしていて、その日はあたしや智穂の帰りの誘いにも乗ってこないくらいだ。
本当は生理だからなんだけど、男子にわざわざそれを告げるのも嫌だ。
二人とも同じクラスだし、五時間目も同じ水泳の授業だったから本当はわかっているのかもしれないが、それ以上は深く聞かれなかった。

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