●●　ON YOUR MARK 7 　●●

　翌日、教室で会った世良はいつものとおりだった。
「昨日、どうだった？」
「練習って言うより体育の時間みたいだったよ」
あたしは男子たちが飛び込み台でふざけていたことを話した。
「何やってんだか。　……でも、見たかったかも」
「ほんと、見せたかったよ」
ふと、世良が真顔で尋ねてくる。
「あのさ……あれのこと、言ってないよね？」
生理のことだってわかってるけど、やっぱりどきどきする。
知らない人や男子の前、友だちでもあえて言うようなことではない。
たまたま昨日はあたしがそばにいたから、聞いちゃっただけだ。
「うん、言ってない」
鈴木や展人に世良がいないことを聞かれたけど、『雅《みやび》ちゃんを迎えに行った』とごまかしたことを伝える。
世良の顔に安心した表情が浮かんでいた。



　「今日はどうする？」
三時間目と四時間目の間の休み時間、音楽室に移動しながら世良が尋ねる。
「図書室寄ってから帰る」
本当に数学がやばい。
いったいどこがわからないのか、それがわからない状態だ。
あたしは小学校時代から算数が苦手だ。
数学になった今もそれは変わらない。
もし一回のテストにつき60点以下が進級できないなんてなったら、あたしは間違いなく脱落する。
「瞳、教えてあげるよ」
智穂が声をあげる。
数学は好きでも嫌いでもないみたいだけど、たぶんあたしよりはいいと思う。
「ほんと？　ありがとう！」
「あたしも勉強してから帰ろうっと」
音楽の教科書の下、英語のノートを忍ばせた世良が笑う。



　音楽の先生は期末テストが近いことを充分承知していて、自習にしてくれた。
クラスのみんなもわかっていて、何かしら別の教科のノートや教科書を持ってきていた。
あたしは数学の点の悪さばかり頭にあって、何も用意してこなかった。
智穂と世良のところへ行って一緒に英語のノートを見ていると、展人が通りかかる。
「何今ごろ焦って勉強してんだよ？」
焦っているわけじゃない。
周囲が勉強しているから、自分も「やらなきゃ」って思うだけだ。
「そっちこそ、ずいぶん余裕じゃない」
転校してきて初めてのテストなのに。
「教科書の中身は、中原中と同じだからな。　英語ならもう全部入ってる」
展人は、自分の頭を指で軽くつついてみせる。
千寿市と中平市、隣同士といっても教科書の中身がまったく同じとは限らない。
学校によってはまったく違う教科書を使っているとお姉ちゃんから聞いたことがある。
中平市内から転校してきた智穂は同じ教科書を使っている。
展人は英語以外は違う教科書だったみたいだ。
授業の進む早さは中原中学の方が少し早かったようで、そういう意味でとても幸運だと思う。
「赤垣くん、今日、あたしたち図書室で勉強しようと思うんだけど、来ない？」
智穂が展人に声をかける。
展人は驚いたように智穂に目を向け、それから一瞬、男子の方に視線を送った。
「せっかくのお誘いだけど、やめとくよ。　また何言われるかわからないからな」
そう言って、展人は男子の輪の中に戻っていった。



　戻っていく展人の後ろ姿を見て、あたしは安心していた。
2年B組に本当になじんだのか、と問われたらわからない。
でも、男子の輪に戻っていけるということは、少なくとも展人はなじもうと努力している。
そう思った。