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● ON YOUR MARK 8  ●

 授業と掃除の時間、帰りのホームルームが終わったら2年B組の教室の中はもう大騒ぎだ。
まだテストが終わったわけじゃないのに。
さて、図書室行って勉強しなきゃ。
「瞳、先に行ってるよ」
智穂が教室を出て行った。
「あたし、A組寄ってから行く」
世良が手にした社会科の資料集を持ちながら、言う。
「そのまま図書室行くんでしょ? すぐ終わるなら待ってる」
「これ、酒井さんに返すだけだからそんなに時間取らないよ」
「じゃ、一緒に行こう」
二人でA組の教室に向かう。



 まだ残っていた酒井さんに資料集を返して、図書室に向かう。
先に図書室に行った智穂を待たせてしまった。
「藤谷、河内」
後ろから声をかけられて、振り返る。
そこに立っていたのは鈴木と佐々田、それに展人だった。
「図書室、行くのか?」
「うん」
「俺たち、今から鈴木の家で勉強会やるけど来ないか?」
佐々田が尋ねてくる。
「えっ……」
「行く」
とまどうあたしを横目に、世良が即答した。
「智穂呼んで来る」
そう言うのが早いか、世良は図書室に向かって歩き出した。
「で、藤谷はどうする?」
鈴木の家って言ったよね?
本当に行ってもいいのかな?
「い、行くよ」
学校じゃなければ、変な噂になったりしないだろう。
答えた時に顔が赤くなかったか、それだけが心配だ。



 六人そろって、昇降口を出る。
鈴木の家も佐々田の家も小学校時代に何度か行ってる。
でも、この気持ちを自覚してからは初めてだ。
「あたし、一回家戻って着替えてくる」
世良が言う。
世良の家と鈴木の家は近所で、距離にしてたぶん200メートルぐらいしか離れていない。
「俺も着替えてから行くよ」
佐々田も続けた。
佐々田の家もまた鈴木と世良の家から近い。
三人から見ると、あたしの家だけ少し離れている。
三人が住むのは四丁目であたしが住むのは三丁目だし、千寿市から南北に走る道路を挟んで反対側になるから仕方ないんだけどね。
途中から鈴木・展人・あたし・智穂の四人になる。
どういう並び順か、あたしの右隣に鈴木がいてそのさらに右側に展人、あたしの左隣に智穂がいる。
「急で悪かったな」
「ううん、そんなことないよ」
ただ、ちょっとびっくりしたけど。
「夕飯作るから、遅くても六時半までだな」
腕時計を見ながら、鈴木がつぶやく。
「え」
夕飯?
「鈴木くんが作るの?」
智穂が聞き返す。
「あぁ。 両親が共働きだから、週に二回か三回ぐらいは俺が作るんだ」
「すごいね」
「すごくないよ。 簡単なものばかりだし……」
簡単なものでも、自分で作れるだけすごいと思った。



 家に帰れば夕飯が食べられる。
それをあたしは今まで当たり前みたいに受け止めていた。
そうじゃない家があるって、忘れていた。
急に自分が恥ずかしくなる。
――今度、何か一品でもお母さんに習ってみようか。
隣に並ぶ鈴木の顔をいつものようにまともに見られないまま、あたしはそんなことを思った。

         
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