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● TRACK AND FIELD 1  ●

 駅伝大会が終わった。
男子も女子も3位という成績で、初めてにしてはいい方だったんじゃないかと思う。
女子は短距離のあたしと走高跳の板橋さんがメンバーだけにもっと遅くなってもしょうがないと思っていた部分もあって、3位に入ったのは本当に驚きだった。
来年は男子だけじゃなくて、女子も長距離だけでメンバーが組めるといいなぁ。


 駅伝大会が終わったら、県新人大会が来る。
県新人大会は夏の県大会とは違っていて、一人何種目もかけもちしてもいい。
あたしは100Mだけ申し込んだ。
世良は200M以外に400Mを申し込んだらしい。
展人は走高跳一本で行くと言っていた。
意外なのは、鈴木が100Mの他に110Mハードルを申し込んでいたことだった。


 「何で?」
駅伝大会の前日、それを知ったあたしは帰り道で鈴木に尋ねた。
鈴木がハードルなんて、練習の時にちょっとやっているのしか見たことなかった。
なのに、何で鈴木は110Mハードルに申し込んだんだろう?
「何が?」
「県大会の種目の話。 110Mハードル、申し込んだんだって?」
「あぁ、その話か。 前からやってみたかったんだ」
「そうなんだ」
知らなかった。
「藤谷は? 200とか400、やらないのか?」
「あたしは……できないよ」
100Mだけで行くと決めたのは、記録会の時に言われた恵庭冴良の言葉が胸の奥に刺さったままだからだ。
『記録会だからって手を抜いた』
もう二度とそんなことは言わせない。


 「そうか。 藤谷は何かを掛け持ちでやるの、苦手だもんな」
「え」
どうして、それを知ってるの?
驚いた顔を向けると、鈴木は笑った。
「何で驚いてんだよ?」
「だって……」
そんなところまで知られてると思ってなかった。
「ずっと友だちで、『彼氏』だったら気づかない方がおかしいだろ」
「うん、まぁね……」
鈴木が自分のことを『彼氏』と言ったり、あたしのことを『彼女』と言ったりするたびに心の中がくすぐったくなる。
まだまだ照れくさいのもあるけどね。


 「もう県新人なんだね」
「そうだな。 もうすぐ衣替えだ」
「え、そうだっけ?」
「十月になったらブレザー着てこないと、さすがにやばいだろ」
確かに九月末の風は冷たい。
夜になるのも夏よりはだいぶ早くなってきた。
「県新人、小泉は棄権なんだろ?」
「そう」
小泉さんは休部が決まったから、県新人大会には出ない。
でも、小泉さんが休部する前に県新人大会の種目申し込みは終わってしまっていた。
一度申し込んだら取り消すことはできないから、小泉さんは棄権ということになる。
「もったいないけど、こればっかりはどうしようにもないよな」
「そうだね」
「板河と酒井が『小泉を選手じゃない形で、県新人に引っぱり出せないか』って言ってたぞ」
「選手じゃない形って?」
「たぶん県大会の時の赤垣みたいな形ってことだと思うけど」
「そんな」
そんなことが可能だろうか?
展人の時は転校による県大会への出場不可という、本人がどうにもできない事情があってのことだった。
でも、小泉さんは違う。
小泉さんは自分が走りたくないんだ。
それなのに走ったり跳んだりする人たちを見せつけられたら、よけい嫌に感じないだろうか?
「どうしてもダメなら小泉が断るだろう」
「そうだよね」
いくら部活の先輩から頼まれたって、小泉さんは断ることができる。
先生や先輩の頼みは命令じゃない。

 
 走ること。
走れる、でも、走らない。
二つの正反対の想いを決めるのに、どんな違いがあるんだろう。

 
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