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● TRACK AND FIELD 2  ●

 板河くんと酒井さんが考えてたことが本当だとわかったのは、駅伝大会の2日後のことだった。
「みんな来てる?」
酒井さんが部室から出て行く前のあたしたちに声をかける。
「たぶん来てると思うよ」
伊狩さんが答えた。
「どうかしたの?」
川添さんが酒井さんに聞く。
「板河くんが話があるから、男子側に来てって」
何だろうと思いながら集まった。


 板河くんはみんないることを確認するように、ぐるりと周りを見渡してから話し始めた。
「来週の県新人大会のことなんだけど、この中で2種目出場するのはどれぐらいいる?」
「確認するから手あげて」
酒井さんの声でみんなが手をあげる。
あげていないのはあたしと展人ぐらいだ。
「わかった。 ありがとう」
板河くんが言って、みんなあげた手を下ろした。
「先生たちとも話し合ったんだけど、これだけ複数の種目に出る人間がいると夏の県大会みたいに自分のことに手が回らなくなるかもしれない。 ――俺たちは小泉を呼び戻そうかと、考えてる」


 あたしは頭を殴られたような衝撃を受けた。
何で?
「先輩、どうしてですか?」
川村さんが板河くんに尋ねる。
「小泉が休部するって決まったの、数日前じゃないですか」
重野くんが言う。
「夏の県大会の時は赤垣が記録取ったり、いろいろ動いてくれていた。 でも、今回赤垣は選手で、そういうことをやる人がいない。 桂木先生もやってくれるとは言っているが、たぶん難しいんじゃないかというのが山内先生と俺たちの意見だ」
「桂木先生がやる気になってるなら、任せればいいだろ」
いすに座ったまま、展人が言った。
「それに俺たちのことなのに自分でやらないで何で人にやらせようと思うんだ? 2種目出るやつが多いからか? いくら何でも休部してるやつに頼むことないだろ」
香取くんが言う。
「そうだな。 『自分たちのことは自分で』。 だからどの部にもマネージャーがいないんだから、そうすればいいんだよ」
園部くんも言った。
そうだよね。
自分たちのことはそれぞれ自分たちでやって、それでもダメなら先生や友だちの力を借りればできなかったことだってできるようになる。
それでいいんだ。

 
 板河くんは一つため息をついた。
「わかった。 みんながそう思ってるってことは伝えておく」
「一つ聞かせて」
世良が声をあげる。
「何だ? 河内」
「あのさ、あたしたちはそんなに信用ないのかな?」
「え?」
世良が何を言おうとしてるのか、あたしにはわからなかった。
「だってそうでしょ? あたしたちは夏の県大会を越えて来た。 なのに、記録取ったり走った後に荷物移動したりする人がいないってだけで休部してる人を呼び戻さないといけないほど、あたしたちはダメな子なの? 合同記録会がダメだったからってこと?」
「違う、」
「じゃあ、何?」
「先生たちや俺は県新人大会は初めてだから、みんなベストを出せるようにしたいだけだ」
「だったら、県大会の時と同じようにすればいいじゃない。 あの時だってみんなわかんないなりに一生けんめいやって、ちゃんとできたじゃない」
「河内、そうじゃない」
板河くんじゃなく鈴木が答える。
「鈴木はだまってて! あたしは板河くんに聞いてるの!」
世良が叫んだ。
「板河くん、小泉さんを呼び戻すってことはあたしたちが先生たちに信用されていない以外の何だっていうの! 答えて!」


 あたしは世良の叫びを聞くしかできなかった。
小泉さんの休部が決まって、あたしみたいに「何も気づけなかった」と落ち込んでいた世良。
小泉さんに何も話してもらえなかった。
それは「信用されなかった」のと同じこと。


 小泉さんの休部はあたしたちの心に確実に影を残していた。



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