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● TRACK AND FIELD 10  ●

 胸と腰につけたゼッケンが風に揺れた。
2年女子100M予選は組が多いせいか、次から次へと押し出されるように進んでいく。
あたしは自分の順番が来るのを前を見つめたまま、待っていた。


 今誰かの動きや視線を気にしたら、走れなくなる。
そんな予感がしていた。
だから恵庭冴良も、他の誰も見ないようにしていた。
――神経が張り詰めている。
破裂寸前の風船みたいだ。
ちょっとでも外から力をかけたら、壊れそうだ。


 あたしたちは12組中9組目と遅い組になった。
進みが早いせいか、もう7組目が終わって8組目がコースに入るところだ。
もういい。
結果なんてどうでもいいから、走ってしまいたい。
勝ちたいはずなのに、あたしはそう思ってしまう。


 「9組、コースに入ってください」
審判員の先生の声がかかる。
あたしは足を踏み出して、5コースに入る。
スターティングブロックの直し方も慣れたものだ。
流しで軽く走った時、何だか違う感触が足を駆けめぐる。
まるで自分の足じゃないみたいな感覚。


 「位置について」
その声にあたしは自分のコースに入って、スターティングブロックに足をかけた。
両手の指を少し立ててスタートラインの内側に置く。
「用意」
腰をあげてスタートを待つ。
ピストルが鳴る。
走り始めたあたしはやっぱり自分の足が今までとは違うと、はっきりわかった。
足の裏が地面を平行にとらえている。
その分、蹴り出す力が強くなって前に進みやすくなっている。
これなら、準決勝に進めるかもしれない。
あたしは顔をあげて前を見た。
左隣のコース、オレンジ色のユニフォームがいる。
そしてその斜め前にはあずき色のユニフォームを着た、恵庭冴良が。
――追いついてみせる。
追いつきたい、じゃない。
今のあたしには追いつくだけの自信がある。
この走り方がそれを証明してくれる。


 ゴールテープを切ったのはあたしか、それとも。
勢いがついた足は止まらず、トラックの端まで駆けて行く。
そこまで走ると、足がもつれて転んでしまう。
荷物を移動してくれていた世良があたしに寄ってくる。
「誰が……ゴールテープ、切った?」
「あたしの場所からだとオレンジのユニフォームの子に見えた」
本当だとしたら、あたしは負けたのか。
「ねぇ、瞳、走り方変わった?」
体勢を変えて座り込んだあたしに世良が聞く。
他人が見ていて気づくぐらい、違ってたのか。
「あぁ、うん。 山内先生に言われて」
「何かスピードに乗ってると思ったら、そうだったんだ」
スピードに乗る?
今の走り方がスピードに乗ったということなら、これまでの走りはいったい何だったんだろう?
「さぁ、いつまでも座ってないで第二競技場に行こうよ。 そろそろあたしも400Mの準備しないと」
あたしは400Mに出る酒井さんと世良の荷物持ちをやることになっている。
「うん、行こうか」
世良が差し出した手を取って、あたしは立ち上がる。
第二競技場の入口で酒井さんと待ち合わせてる。
あんまり待たせちゃ悪いもんね。


 三人で第二競技場に入っていくと、あたしは結果を貼りつけてある場所へと向かう。
「先行ってるよ」
酒井さんと世良は少し離れた場所で準備をし始めた。
2年女子100M予選の結果はもう貼られていた。
第9組の欄を指でなぞり、自分の名前の前で止まる。
順位の欄に『2』と、記録の欄には13秒09と書いてある。
え、じゃあ1位は?
『1』はあたしのすぐ上にあった。
そのさらに上、恵庭冴良の欄には『3』と書かれている。
――最後、抜いたんだ。


 ライバルに勝った嬉しさがじわじわとやってくる。
そこであたしは気づいてしまう。
もしかしたら準決勝に恵庭冴良がいないかもしれない。
他の組の欄を見る。
『3』に丸がついている人もいれば、ついていない人もいる。
恵庭冴良の欄にはついてない。


 目標だった恵庭冴良は準決勝に上がれなかった。 
あたしは準決勝で誰と戦えばいいんだろう?

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