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● TRACK AND FIELD 9  ●

 早めにお昼を食べ終わると、あたしは第二競技場へ行く準備を始める。
また恵庭冴良と走れる。
そのことだけがあたしを緊張から少しずつ、ときほぐしていく。


 2年男子100Mは12組まであったけど、女子も同じで12組まである。
プログラムには全部の競技者の名前が出ていて、恵庭冴良とは今回は予選から同じ組だ。
コースは恵庭冴良が3コースで、あたしが5コースと隣にはならなかった。
間の4コースには『浦野早貴(神原中・千寿市)』と書かれている。
聞いたことのない名前だ。
千寿市の中学らしいからきっと、夏の県大会にはいたんだろうな。
あたしの逆側の隣、6コースには『神岡輪(相川中・中平市)』と書かれている。
合同記録会の時の恵庭冴良の言葉を思い出す。
『うちの神岡にようやく勝つ程度では困る』
あの時言ってた『神岡』って、この子なんだろうか?
それにしてもこの子の名前、まさか『わ』って読むんじゃないよね?
あ、もしかして『りん』かなぁ?

 
 予選で12組ってことは、準決勝に残れる確率が高いのかな。
各組2位までで24人、そこに3位の人間が+(プラス)で拾われる。
そうなると8コースが全部埋まるとして、準決勝の組は3組以上できるはず……。
そこまで考えたあたしは、一気に体温が下がるのを感じた。
逆だ。
3位じゃ準決勝に残れないかもしれない。
+(プラス)はまぐれで拾われるようなもの。
1位か2位でないと、絶対に準決勝に出られる保障はない。
仮に準決勝は何とか残れても、決勝まで残れない。
あたしの目標は準決勝で終わることじゃない。
さらにその上、決勝だ。


 本当にあの、いまだに慣れない走り方で準決勝や決勝に行けるんだろうか?
あたしが上に行くために足りないのは、何?
あたしはまた迷い始めていた。


 「瞳、行くよ」
今回、200Mと400Mの合間を見てあたしの荷物持ちをしてくれる世良が、声をかけてくる。
でも、あたしはその場から動けなかった。
「瞳? どうかしたの?」
世良が寄って来て、あたしの手を取った。
「ちょっと、何、この冷たさは! 鈴木呼んでくるから待ってて!! 第二競技場まで一緒に行ってもらおうよ!」
世良が行こうとするのを、あたしはジャージのすそを引っぱって止める。
「何でもないから、鈴木を呼ばないで」
今朝、少し緊張して迷惑かけたのに、これ以上鈴木に心配をかけたくなかった。
鈴木は今回、110MHも走る。
慣れない状態で走るのに、あたしのことでよけいに緊張なんてさせられない。
「ちょっと待ってて」
世良は自分のバッグの中から、使い捨てのホッカイロを取り出した。
「あげる。 使いなよ」
「ありがと」
受け取って、ビニールを破いて取り出した。
「行こう。 歩いてるうちにあったかくなるよ」
「そうだね」
あたしたちはシートを出て、あらためて第二競技場へと向かう。


 鈴木のことを何でも受け止めたいと思うのに、あたしは自分のことをできるだけ隠しておきたい。
鈴木への気持ちだとか、知ってもらいたいことももちろんある。
でも、今みたいな迷いや悲しいこと、梁瀬さんに対する真っ黒な思いは知られたくない。
あたしはやっぱりずるいんだろうか?
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