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● TRACK AND FIELD 12  ●

 この日の準決勝は女子800Mの酒井さんと鈴木の2年男子100Mだ。
酒井さんが走る800Mは2組しかない。
決勝で走るのは、1組8人だけ。
各組3位に入れないと決勝には進めないけど、+(プラス)が出るだろう。
この組で4位までに入れれば、酒井さんは決勝に行ける。



 あたしと川村さんが酒井さんの荷物持ちの手伝いに行く。
あたしは酒井さんの隣のコースに並んだ相川中学の子に見覚えがあった。
あたしの時に隣で走っていた子だ。
名前、何だっけ?
かみ……そう、神岡さんだ。
ちょっと名前が変わってる子。
え、あの子100Mだけじゃなくて800Mもやるんだ?
驚いた。
短距離と中距離って掛け持ちできるものなのか。



 「舞」
そっとかけられた声に、酒井さんの隣にいた子が顔をあげた。
あたしは二人を見て、また驚く。
酒井さんの隣にいる子と、声をかけた子は同じ顔をしていた。
りん、どうしたの?」
「忘れ物」
りん」と呼ばれた子は、ハチマキを差し出した。
「あ、忘れてた。ありがとう」
「舞」と呼ばれた子は受け取ると、すぐに頭に巻き始める。
世良と恵庭冴良みたいな、いとこ同士かな?
いとこだったら似すぎな気もするけど、姉妹にしては似てなさすぎるような感じもある。
「舞」と呼ばれた子は髪が少しくせがあるみたいだし。 あたしとお姉ちゃん、和紗みたいな例もあるから人のことは言えないか。



 酒井さんはスタートして一周と半分を過ぎたあたりからスパートをかけて、後ろにいた「舞」と呼ばれたあの子を大きく引き離した。
ゴールした時、酒井さんは2位に入っていた。
酒井さんが準決勝を突破して、西山中学陸上部初の県新人大会決勝進出となった。



 酒井さんの走りは800Mをよく知らないあたしにも、充分すぎるほどの力強さを感じさせた。
二種目で準決勝に残れるぐらいの強い気持ちが、走りにつながったのかもしれない。
隣に立つ川村さんが言った。
「藤谷先輩、私、今とても悔しいです」
聞き返す間もなく、川村さんは話し続ける。
「辛い練習をもう少しがんばれていたら、予選の時に最後まで諦めずにいたら、私は今あそこで酒井先輩と一緒に走っていたかもしれないんですよね。
………そう思ったら、自分の力不足がすごく悔しくなりました」
800Mは男女とも学年の区別がないから、酒井さんともう一つの組には1年生もいたのかもしれない。
あの中に川村さんがいられたか、と言われたら、よくわからないとしか言えない。
この次に始まる鈴木の男子100Mは学年別になっているけど、それは元々の競技人数が多いからだと山内先生からも聞いている。
「来年の新人大会、800Mでも1500Mでもいいから絶対に決勝を目指します」
川村さんは前を見たまま、強い口調で言う。
目がうっすらと赤いのは、気づかなかったことにしよう。
「目標を持つのはいいことだよ」
あたしはそう言うと、鈴木が準備しているであろう第二競技場へと向かう。



 後輩はあたしたち上級生が教えなくても、戦いの中から学んでいる。
戦えないことを悔しい、力不足だったと感じる。
その悔しさは次の戦いへ行くための力になる。
来年への戦いは、もう始まっているんだ。



 

  
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