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● TRACK AND FIELD 4  ●

 昼休み、図書館に本を返しに行こうと思って職員室の前を通った。
職員室の前の掲示板には、中平市中体連新人大会で優勝と準優勝した部活と個人の名前が書いてある。
準優勝に男子テニス部が入っていた。
そういえば佐々田には県大会の時に応援に来てもらったのに、あたしは佐々田の応援に行ったことがない。
一年の夏に練習試合を世良と見に行ったきりだ。
その時はまだ鈴木も男子テニス部にいた。
今度の県新人大会も日程が重なるから無理だけど、また練習試合とかあるなら応援に行こうか。
そんなことを考えながら、通り過ぎた。


 県新人大会は運動部に入っている子はみんな日程が重なる。
ということは、卓球部の梁瀬さんや梁瀬さんの友だちは今回来られないだろう。
あたしはほっとしていた。
また『横から奪った』なんて言われたくない。

 
 図書館の扉をつかんだまま、あたしは動けなくなってしまった。
わずかに開いた扉のすき間から梁瀬さんがいるのが見える。
どうしよう。
でも、もうすぐ返却期限の切れるこの本をまた持って帰るわけにはいかない。
返却をすばやくしてもらおう。
あたしは何も見なかったふりをして、扉を開けた。


 図書室に入って、まっすぐカウンターに行く。
自分の図書カードを2年B組の場所から抜き出して、本と一緒に差し出した。
「お願いします」
図書委員が慣れた様子で返却作業をして、あたしの図書カードを元の場所に戻した。
梁瀬さんがあたしに気づいたのかどうかはわからない。
居心地が悪く感じて、新しい本を借りずに図書館を出ようとする。
その瞬間、耳元を駆け抜けるような、小さな声が聞こえる。
「藤谷さんってずるいよね」
声に反応して、前を向き直す。
声の持ち主はあたしの左側をすり抜けるように、走って出て行こうとする。
とっさにあたしはその子の右腕をつかんでいた。


 「今のはどういう意味?」
あたしが言うと、前を向いたままのその子が振り返る。
梁瀬さんだった。
「痛いじゃない! 離してよ!」
梁瀬さんはあたしに腕をつかまれているせいか、答えではない言葉を返してくる。
そんなに力は入れていないんだけどな。
「ちゃんと答えてくれたら離すよ。 『藤谷さんってずるいよね』ってどういうこと?」
「だって、あの時「鈴木くんが好きだ」なんて一言も言わなかったじゃない!! それなのにいつの間にか鈴木くんの彼女だなんて、ずるいじゃない!」
梁瀬さんは泣き声で叫ぶ。
あの時―――県大会前に梁瀬さんに『展人がいるなら、鈴木から離れて』と言われた。
あれは勝手に梁瀬さんがうわさを信じてあたしと展人を恋人同士だと決めつけて、あたしは何も言えなかった。
それに鈴木が好きだってことはあの後で気づいたんだ。
あの時にあたしが鈴木について言えることなんてなかった。
梁瀬さんとあたしは顔は知ってても、いつも話したりする友だちではない。
そんな人にわざわざ自分の好きな人―――相手も好きだとわかっている人のことを誰が言うんだろうか?


 「取られたくなかったなら、あたしより先に言えばよかったのに」
梁瀬さんがあたしを見る。
信じられないものを見ているような目だった。
「あたしよりもずっと好きだった、って梁瀬さんは思うんでしょう? なら、何で告白しなかったの? あたしに『鈴木から離れろ』なんて言う前に鈴木に告白すればよかったじゃない」
「言えるわけないじゃない! あたしは藤谷さんみたいに強くない!」
強い?
あたしは強くなんかない。
ただ自分の進む道を、心を信じてるだけだ。
「あたしだって怖かったよ」
あたしはつぶやくように言う。
「もしあたしが好きだって鈴木に知られる日が来たら、きっと友だちでさえいられなくなる。 そう思ってた」
気持ちを拒絶されるかされないか。
それよりも、『友だち』でいられなくなるのが怖かった。
どれだけ怖くても、あたしは鈴木を誰にも渡したくなかったんだ。
「怖くても、あたしは好きだって言えた。 もしあたしがずるいっていうなら、気持ちを受け止めてくれた鈴木もずるいってことになるよ」
梁瀬さんはハッとした表情であたしを見つめた。
夏の県大会最終日、鈴木が受け止めたあたしの想い。
あの瞬間を『ずるい』なんて言葉で終わらせたくない。


 あたしはいつの間にかつかんでいた右腕を離してしまっていた。
梁瀬さんは何も言わず、小さく鼻をすすりながら廊下を歩いていった。
あたしも何も声をかける気にならず、その背中を見送った。
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