モドル | ススム | モクジ

● TRACK AND FIELD 5  ●

 十月最初の土曜日、朝七時にあたしと展人、一年生三人は楓ヶ丘陸上競技場の出入り口の前でシャッターが開くのを待っている。
今日は中体連県新人大会、通称『県新人』初日だ。


 七月の県大会の時にはあたしと展人が同じ家に住んでいるからってことで場所取りのビニールシートを持って行った。
部室での話し合いで今回もまたあたしたち二人だけで、と決まりそうになった時に展人が言った。
「場所のとり方とか教えるから、今回は一年も早く来いよな。 来年になってから教えたんじゃ遅いだろ」
そうか。
来年夏の県大会にはあたしたちが部に残っているかどうかもわからないもんね。
もしかしたら引退しているかもしれないんだから。
そう思うと、一年という時間はとても早く過ぎていくような気がする。
よく考えたら、今が十月だから来年の夏までもう一年はない。
引退が七月の県大会だとして、あと9ヶ月。
その間にどれだけ記録を伸ばしていけるだろう。
どれだけ自分の走りに納得できるんだろう。


 「場所取りってこういう方法でしか取れないんですか?」
川村さんが口を開く。
「そうだよ。 毎回開いた瞬間に荷物持ってシャッターの下をくぐって、いいと思う場所を見つけたら速攻でビニールシート敷いて、場所取りだ」
展人が答える。
「毎回大変なんですね」
板橋さんがつぶやく。
「そうしないととんでもない場所になるからな。 トイレの真横だのゴミ箱の隣なんて行きたくないだろ?」
「それは嫌です」
重野くんが嫌そうな表情をしながら答えた。
確かにそこでお昼を食べることを考えると嫌だ。


 あたしたちがいるのはシャッターの一番目の前。
他の中学の人たちも両脇にずらりと並んでいる。
ふと横に目をやると、少し離れた場所にいる深緑色の体操服の人たちの中に少し明るめの茶髪が見えた。
あれってもしかして、前に紹介してもらった『東千寿中の八城くん』かな?
「ね、展人、」
「あ?」
「あれって八城くんかな?」
あたしは八城くんらしい人がいる方向を指さす。
「……あれだけ明るい茶髪はたぶん、そうだろう」
展人は朝日のまぶしさと少し遠くを見るのに目を細めながら言う。


 夏の県大会では展人が中原中から西山中学に転校したことで出場を辞退していたから、二人は戦えなかった。
それを知った時、八城くんは『県新人には絶対出て来い』なんて言っていたっけ。
八城くんはきっと今日をすごく待っていたんだろうな。


 展人を見ると、耳にウォークマンのイヤホンをつけて腕を組んで目を閉じている。
展人なりの精神統一なのか、それとも考え事でもしているのか。
――やっと『西山中学』の仲間入りだ。
この間展人は言った。
『中原中学の赤垣展人』が『西山中学の赤垣展人』になる。
夏の県大会に出られなかったのは、その切り替えに必要な時間だったんだろうか。


 きっと展人も八城くんと同じ、『戦いたい』という気持ちで今日の日を待っていたんだろう。
あたしは自分のライバル、恵庭冴良のことを思う。
『負けるなら相手はあなたしかいないと思ってる』
これはほめ言葉と取っていいんだろうか。
あたしはいまだに迷っている。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2010 Ai Sunahara All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-