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● TRACK AND FIELD 6  ●

 開会式が終わって、ぞろぞろとシートに戻る。
二年女子100M予選は午後からだとプログラムで確認した。
女子も男子も100Mは学年ごと、それ以外の種目は一年生も二年生もごちゃまぜ状態だ。
県大会の時は走る種目は全部学年ごとだった。
地区大会で負けちゃって夏の県大会に出なかった子も、一・二年生であれば今回は出られる。
県大会の時には知らなかった顔もきっとあるんだろうな。
変えた、あの走り方で戦えるか不安になる。


 あたしはシートから立ち上がり、シューズをはいた。
上のスタンドに向かう。
競技場を全部見渡せるスタンド席の一番上まで登ると、第二競技場まで見える。
吹きつける秋の風はちょっと冷たいけど、走れないほど寒いわけじゃない。
建物の上のほうだから、風が冷たく感じるのかもしれないし。 ここで初めて走ったのは、ほんの三ヶ月前のこと。
なのに、とても懐かしい。
「帰ってきたよ」
声に出してみる。
心の中に暖かいものが広がった気がした。
ここはあたしの戦う場所。
だけど、あたしが『戻ってくる』場所なのかもしれない。


 そこに10分もいただろうか。
「藤谷」
あたしを見つけたのは鈴木だった。
鈴木は上に登ってくると、あたしの隣に座った。
「鈴木、どうかしたの?」
いつもならあたしに何か話しかけてくるのに、黙ったままだ。
だから聞いた。
「何でもないよ」
鈴木は今回、100Mの他に110MHも走る。
校内陸上大会や中平市の大会でも県大会も、鈴木は110MHを走っていない。
自分の力がどれほどのものか、まったくわからない状態。
手探りの状態で走らなくちゃならない。
それが何でもないわけない。


 「何かあったら、言ってね」
嬉しいことや楽しいことだけじゃない。
辛さも痛みも悲しみも、鈴木のことなら何でも聞きたいし知りたい。
陸上のこと、それ以外のこと。
どんな小さいことでも、全部知りたい。
「ありがとう」
鈴木が小さな声で言った。


 「今回は倒れるなよ」
鈴木は夏の県大会のことを気にしているのか、口に出してきた。
「大丈夫だよ」
昨日もちゃんと寝たし、寝不足ではない。
あの時は恵庭冴良と戦えること、初めての県大会で何もわかっていなかった。
その分よけいに緊張してしまったのもあったんだろうと思う。
でも今は。
一度県大会を経験したから、仕組みについてはわかった。
恵庭冴良と戦うことはもちろん、他のライバルたちをもっと知ってみたい。
あ、どうしよう。
ちょっと緊張してきたかも。
「どうした?」
胸のあたりを押さえたあたしの顔を鈴木がのぞきこむ。
「今ごろ緊張してきたみたい」
あたしは余裕のなさをごまかそうと、わざと笑ってみせる。
次の瞬間、急に鈴木があたしを抱きしめた。
「俺の前でまで無理して笑うな」
息ができない。
鈴木の体に手を回していいのか、とまどう。
「……うん」
苦しい息の中、あたしはうなずくことしかできなかった。


 展人でも佐々田でもない。
鈴木だけが、あたしを『女の子』にしてくれる。
嬉しくて、でも、時々恥ずかしくなる。
あたしも鈴木をちゃんと『男の子』扱いしてあげられているのかな?
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