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● TRACK AND FIELD 7  ●

 午前中は鈴木の100Mをスタンドから応援した。
本当は下に行って目の前で応援すればいいんだろうけど、それはできなかった。
だって、抱きしめられるなんて思ってもみなかった。
思い出すのも恥ずかしい。
顔、赤くなってないかな?


 「すみません」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、スーツ姿でスタンドの階段を登ってきたらしい一人の男の人が立っている。
年齢はだいたいうちのお父さんと同じぐらいだろうか。
「2年男子100Mというのは、これからでしょうか?」
「はい」
「よかった、……間に合った、」
あたしが答えると、その人は息を切らしながら言った。
手すりをつかんだまま、その場にしゃがみこんでしまう。
子どもの走る姿を見たくて、急いで来たんだろうな。
「もしよかったら、これどうぞ」
あたしは持っていた青いスポーツドリンクの缶を差し出した。
本当は走り終わった鈴木にあげようと思って持ってたんだけど、また買えばいいや。
「え、や、もらうわけにはいかないですよ!」
「いいんです。 もらってください。 急いで来たんですよね? のどかわいてませんか?」
「確かにかわいてますけど……」
「じゃ、もらってください。 あ、始まりますよ」
あたしはその人の手の中に青いスポーツドリンク缶を押し付けた。

 
 県大会の時みたいに、鈴木の名前を呼びたかった。
でも、隣にさっきの人がいるから、がまんした。
きっとびっくりするだろうしね。
一生懸命に両手を組んで祈っていると、隣の人が話しかけてきた。
「とても大事な人なんですね」
「え?」
「そうやっているってことは、あの中にあなたの大事な人がいるんでしょう?」
隣の人はまだ走っていない組のいる方向を指さした。
鈴木が今回走るのは第8組・3コース。
2年男子100Mはとても人数が多いから、今回は12組まである。
今はもう7組めが終わったところだ。
名前も何も知らない人にそんな風に言われたのが、少しくすぐったく思える。
「はい」
あたしははっきり聞こえるように、答えた。
隣の人は嬉しそうに笑う。
笑顔がどこか鈴木に似ている気がした。
鈴木ももし大人になったら、こんな風に笑うのだろうか?
そう思うと、意識しちゃって隣を向けなくなってしまった。


 鈴木は安定した走りを見せ、7人中2位で予選を抜けていった。
何となく、県大会の時よりも歩幅が大きくなったみたい。
やっぱり身長が伸びてきているのも関係あるのかな?
春にはあたしとそんなに変わらなかったのに、今は少し目線が高くなってる。
腕も力強いし。
あ、また思い出して顔が熱くなりそう。


 走り終えた鈴木を迎えに行こうと、スタンドを降りる。
隣の人も立ち上がって、ついてきた。
そのまま後ろを気にしないで歩く。
第一競技場を出たところで、出てきた鈴木とばったり会った。
「藤谷……、と、親父、何で?」
親父……って、お父さんってことだよね?
え?!
振り返ると、さっき隣に座っていたあの人がいた。
鈴木のお父さん?!


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