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● WILD WIND 10  ●

 予選が終わって、クラスの場所に戻る。
みんな口々に尋ねてきた。
「藤谷さん、調子悪いの?」と。
あたしが負けたのが予想外だったらしい。
声を出さずに首だけを左右に振る。
まわりはショックを受けていると思ったみたいで、それ以上は何も言ってこなかった。
鈴木や佐々田、世良でさえも。
三人ともあたしがこれほどまでに打ちのめされるとは考えていなかったんだろう。
誰よりもあたし自身が一番驚いているのだから。




 あたしはうぬぼれていたのだ。
最初から自分がトップでゴールテープを切るのだと、信じて疑わなかった。
小さい頃から足には自信があった。
入部して2ヶ月足らずだけど、陸上部員だという自覚もあった。
それが今、根元から打ち崩された。
2年女子100Mの他の選手や三種競技Aの選手は決勝に進むことなく次々と姿を消していき、あたし一人しか残らなかった。




 みんなそれなりに速いし、苦しい練習だって耐えてきた。
いくら学校の中で『速い』と言われていても、学校の外に目を向ければまだまだ上がいる。
悔しさに思わず唇をかみしめる。
『井の中の蛙』ってこういうことか。


    

 決勝は午後一番に始まった。
恵庭冴良とはまた、隣のコースになった。
あたしは4コースに入る。
スターティングブロックが地面から浮いていたのを、スパイクを履いた足で踏む。
ピンが小石に絡んで、音を立てる。
ブロックに足を置いて、前傾姿勢を取る。
号砲が鳴る。
さっきと同じ地点で、彼女が前に出たのがわかる。
追いつきたい、いや、追い越したい。
追いつける、そう感じた瞬間、身体が右に傾いた。
足元のバランスがおかしくなるが、何とか立て直す。
――追いつける。
ゴールテープに飛び込んだのは、ほとんど同時に思えた。
それくらい、気持ちは前へ向かっていた。
競技場にアナウンスが流れ始める。
『2年女子100M決勝の結果をお知らせします。
1着 相川中 恵庭冴良えにわさえらさん 記録、13秒36……2着西山中 藤谷瞳さん 記録、13秒37……』
たった0.01秒の差で敗れた。
――これが、現実。

       


 鈴木や佐々田、世良が駆け寄ってくるのを見て、急に気が抜けた。
「藤谷、残念だったな」
鈴木に声をかけられた瞬間、あたしの大きな目から涙がこぼれる。
悔しさで胸がいっぱいになって、小さな子どものようにわんわんと泣きじゃくる。
「よくやった」
「頑張ったよ、瞳。泣くことないよ」
三人はそれぞれ声をかけて慰めてくれたけど、それでもあたしは涙腺が壊れたみたいに泣き続けた。
ようやく止まった頃、佐々田にうながされて背後を見る。
あずき色のユニフォームを着た女の子が立っている。
「藤谷さん、といったかしら。今日はあなたと競えて楽しかったわ」
戦った相手に『楽しい』と言われたのは初めてだ。
彼女が右手を前に差し出した。
あたしも右手で彼女の手を握り返した。




彼女が去ろうとしたとき、なぜか世良が止めた。
「冴良、手ごたえはどうだった?」
「上出来よ。 世良が自慢するだけあったわ」
お互いの下の名前を呼んでいる。
知り合いか何かなのだろうか?
「世良、知り合い?」
「母親の方のいとこ」
世良は自然に答えた。
「えぇっ?!」
三人で大きな声を出してしまう。
意外な気がしたけど、言われてみれば顔も名前もどことなく似ている。
そういうことか。
「何よ? あんたたちにだって同い年のいとこの一人や二人いるでしょう?」
いとこたちの顔を思い浮かべる。
言われてみると、確かに何人かいるな。
鈴木も佐々田も同じだったらしく、複雑な表情をしている。
「まぁ、いないこともない」
二人は異口同音にそんなようなことを言った。
「じゃあ、私はこれで。 藤谷さん、次は県大会で会いましょう」
恵庭さんはそう言うと、相川中の場所に戻っていった。
3着までは七月の県大会に進める。
2着のあたしも当然出ることになる。
それまでにあたしはもっと力をつけていけるだろうか。
いや、できるかどうかじゃない。
やるんだ。
今つかんだ現実はここまでだったけど、満足しちゃいけないんだ。
その先へ行く、行きたいんだから。









                                             
第九話(10)・終

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