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● WILD WIND 9  ●

 コースに入るように競技員から指示が出た。
あたしは3コースに入る。
左隣にはさっきの相川中学の子が入った。
あたしが見たことに気づいたのか、口元をゆがめて笑った。
馬鹿にされている、そう感じた。
しかし、不思議と頭に来なかった。
いつもなら『馬鹿にされた』と怒りまくるはずなのに、かえって頭の芯が冷えていくのを感じた。
そのとき初めて自分が緊張であがっていることに気づく。
身体が小刻みに震えている。
この大会には去年も出たはずなのに。



  

 ――いつもよりたくさん人がいると思うから、のまれるんだ。
あたしは軽く目を閉じた。
思い浮かべるのは、いつもの練習風景。
田んぼのど真ん中の校庭、砂ぼこり、固く踏みしめられた地面、足元に張られたそまつなトラックテープ、ボロボロのスターティングブロック、駆け回る青色のジャージ。
――大丈夫。
目を開ける。
もう何も怖くない、走っていける。
前を見る。
その先に待つのは、白いゴールテープ。
いつものように、あそこに飛び込んでいけばいい。




『位置について、用意』
放送が流れた瞬間、今までやかましいほど鳴り響いていた各学校の応援合戦が止まる。
応援の声で号砲が聞こえなくなるからだ。
パン、と号砲が鳴った瞬間、応援合戦の声は再開された。
走りに集中しているからか、声はまるで遠くから聞こえる。
左隣がすっ、と前に出たのがわかる。
ついて行こうと必死に前を追うが、あずき色のユニフォームしか見えてこない。
前にいるのは彼女だけ。
いつも見えるはずのゴールテープがいつまでたっても見えない。
――どうして……?
 


 結局、あたしは最後まで彼女の背中を見せつけられたまま、ゴールに入った。        
見ず知らずの他人に対して初めて思う。
『悔しい』と。
けれど、今、言葉にするわけにはいかない。
言葉にしてしまったら、負けを認める気がした。





『ただいまの結果をお知らせします……1着、相川中学 恵庭冴良えにわさえらさん 13秒38。 2着 西山中学 藤谷瞳さん 13秒40……3着、……』


     



恵庭冴良えにわさえら
あたしはアナウンスを聞きながら、その名前を頭に叩きこんだ。
――まだ勝負はついていない。
決勝で取り返す。
それだけを誓う。








        

                                           
第九話(9)・終
   

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