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● WILD WIND 4  ●

 あんなことがあって、部活に行く気をなくしてしまう。
今日は、このまま帰ろう。
せっかくやる気になったばかりだけど、しょうがない。
制服のポケットに手をあてると、さっき拾ったナイフに触れた。
ゴミ箱に捨てて帰ろう。
昇降口まで戻って靴を脱ぐ。
足の裏に届く床の冷たさが、今のあたしにはちょうどいい。
ゴミ箱にナイフをゆっくり落とす。
再び靴を履こうとしてそちらを向いた瞬間、足の力が抜けた。
床にじかに座ってしまったかっこうになる。
立ち上がろうとしても立てない。
――足の力だけじゃない。
腰の力が抜けたのだ、とわかるまでにそう時間はかからなかった。
何とか自力ではって、靴のある場所まで行く。
部活に行く時間帯でもあるし、誰か通ったら助けてもらおう。
靴に足を通して座り、膝の上に顔を伏せてしまう。
なんでこんなことになってしまったのか。



そこに通りかかったのは鈴木と香取くんだった。
「藤谷? 何してんの、そこで」
「先に部活行ったんじゃなかったのか?」
二人とも次々に尋ねてくる。
「前の部活の女子の先輩にとっつかまってケンカ売られてそれを買って、ケリをつけてきたところ。 で、今帰ろうとしたら動けない」
「「……マジで?」」
二人の声が同時に聞こえた。
「渡り廊下見てくれば? まだ、一人二人は倒れてると思うよ」
香取くんは怖いもの見たさなのか、好奇心が強いのか見に行った。
鈴木がまた尋ねてくる。
「で? 動けないってなんで?」
「足の力が入んないんだ、たぶん、腰抜けてるんだと思う」
「そうか。よっぽど怖い思いしたんだな」
「へ?」
「そんな状態になってるってことは、そういうことだと俺は思うけど?」       

        


そうか。
あたしは怖かったんだ。
怖いものなんて何もないと思っていたあたしが、他人からの本物の悪意に触れた。
怖いのは力でもナイフでもなかった。
そんなものはいつだって簡単になぎ払える。
他人に平然と『邪魔』と言える、悪意。
それだけは湧きあがるのを止めることはできない。
だから怖い。



 鈴木は戻ってきた香取くんに告げる。
「俺、今日チャリだから藤谷送って帰るわ。 山内先生には適当に言っといて」
「わかった」
「え、ちょっと、鈴木、いいって!」
断ろうとするあたしに、鈴木が言う。
「お前、自力で立てないんだろ? どうやって帰る気だ?
――後ろに黙って座ってろ、いいな?」
強い口調で言われて、あたしは反論できなかった。
今までこんな風に言われたことなかったのに。



 三分後、あたしは鈴木の自転車の後ろに乗せられていた。



        
                        



                                              
第九話(4)・終

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