鈴木の自転車の後ろに乗せられ、家に帰ることになった。
「重いでしょ? ごめんね」
「いや、別に」
その足は鈍ることなく、悠然とペダルをこいでいる。
まるで後ろにあたしがいないみたいに。
自転車に乗った時から、あたしはずっと顔があげられずにいる。
昇降口から自転車置き場まであたしの右腕は鈴木の肩に回されて、半分かつがれるようなかっこうで運ばれてしまったのだ。
肩貸してくれたら充分だったのに。
正直、びっくりした。
身長はそんなに変わらないのに、いつの間にあたしを運べるぐらいになったのか。
ていうか、春に測った時はもっと小さかったはずなのに。
運ばれる時に密着した感じになったのも、何だか恥ずかしかった。
顔とか本当にやばくて、へたにちょっと動いたら触れてしまいそうだった。
心臓は自分のものじゃないみたいに跳ね回っている。
「しっかりつかまってろ」
そう言われても、どこにつかまっていいのかわからずにずっとブレザーの端っこをつかんでいた。
――荷台をつかめばよかったんだ。
降りる間際になって、ようやく気づいた。
自転車をこぐ背中を見ながら、ふいに思う。
――このひとは、男の子なんだ。
男女関係なくいたい。
でも、さっきみたいに力の差は出てきてるんだ。
あたしが知らないうちに。
あたしの家の近くの十字路で降ろしてもらう。
「歩けるか?」
自転車を降りて、二・三歩ほど歩いてみる。
少し休んだせいか、すっかり歩けるまでに回復していた。
部活動はおろか、学校を休むことすらめったにないあたしである。
家の前まで行ったら、絶対にお母さんが何があったか追究してくる。
もちろん、鈴木に対してもだ。
鈴木も佐々田もうちのお母さんとは小学校の時に何度か会っているけど、これはまた別だろう。
「うん、平気みたい」
「明日の朝、起きてみて無理だったら休めよ。 ノートとかは届けるから」
「わかった。ありがとうね」
「……あのさ、」
「なに?」
「それ、丁寧な造りだよな。 藤谷が作ったのか?」
鈴木が指さしたのは、あたしの右手首のプロミスリングだった。
青と白、オレンジ色をあしらった編みひも状のブレスレット。
西山中学は校則がゆるいから、ほとんど見逃されてる。
今、女子の間で流行っていて、四月のあたしの誕生日に和紗が作ってくれた。
卒業間際の小学校でも流行っていたみたいだった。
本当は願いごとをしてからつけて、切れたら願いが叶うとかあるみたいだけど、あたしは願いごとをしないでつけてる。
「ううん。妹が作ったんだ」
あたしじゃ不器用すぎてこんなに綺麗に編めない。
ってか、あたしの家庭科の成績がどんなもんか知ってるでしょうが。
「すっげぇ似合ってるから自分で作ったのかと思った。……それじゃな」
自転車をこぎ始めると、鈴木の姿はあっという間に角を曲がって見えなくなる。
――行かないで、もう少し一緒にいて。
言ってしまいそうになった言葉をのみ込む。
それにしてもあたし、いったいどうしちゃったんだろう?
体と一緒に心までどうにかなったのかな。
こんなの、あたしじゃない。
第九話(5)・終
【注意)自転車の二人乗りは道路交通法違反です。絶対に真似しないでください】